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『向日葵畑の向こう側』①


あらすじ


ーー あの白い太陽を見ると思い出す。あの夏を、そして君を。

高校に入った青井陽向あおいひなたは、中学3年の陸上大会で夢やぶれた傷が癒えぬまま不登校となり、全てを拒絶するようになる。ある日、驟雨の中で雨宮陽菜あまみやひなと名乗る少女と出会う。初対面のはずだが、何故か陽向の名前を知っており、「ずっと君を見てきた」と言う。

ーー自分の心には嘘はつけないよ。キミの心がまだ夢を諦めきれないってそう叫んでるんだ

献身的に励ます陽菜に心を開いていく陽向。しかし、ある夏祭りの夜を境に陽菜は突如音信不通となりいずこかに消えた。
それを機に陽向は思いもよらぬ出生の真実を知る。陽向は、陽菜を追って「向日葵畑の向こう側」へ向かって再び走り出すのであった。(300字)


本編

【プロローグ】 蝉しぐれ


アナウンス「これより、中学選抜陸上競技大会100m決勝を行います」

各中学からこれまでの死闘を勝ち抜いてきた猛者たちが指定されたレーンへ入っていく。湘華東しょうかひがし中学3年の青井陽向あおいひなたもその中にいた。

陽向「これまで死ぬほど練習してきたんだ。大丈夫、大丈夫!」

夏の太陽に照らされ、焼け付くようなタータンのコースを確認する。
目指すゴール手前は、陽炎のゆらめきでほとんど見えない。
まるで幻の中へ吸い込まれていくようだ。

陽向はユニフォームを正した。

陽向「あと、ひとつ……」

ここでの結果が数週間後の全日本中学校陸上競技選手権大会へとつながる。
陽向は不安よりもワクワクした気持ちになる。

深呼吸すると、夏の熱く湿った空気が肺に流れ込んできた。

陽向『そういえば、この頃からだったっけ』

二年生に上がる頃には本当にパッとしなかった。記録も中の下。地区大会の決勝が精一杯だった。ところが、二年の今頃からだっただろうか。陽向の記録は急激に伸び始め、たった半年で1秒半も縮まった。
追い風参考記録ではあったが、秋の記録会では10秒台後半を叩き出している。

徹底した自己分析と「全中へ出場している自分」という強いイメージング。
自らに課した日々の厳しいルーティンが今の陽向を創り上げている。
いつの間にか、文字通り陸上部のエースとなっていた。

コーチ「陽向ー! 落ちついていけ! お前なら必ず全中に行ける! それだけの努力をしてきたんだ!」

陽向は観客席で汗だくになって心配してくれている皆へうなずいて見せると、スターティングブロックを必勝の位置へ調整した。
軽く踏み出して流してみる。調子も悪くない。問題ないと確信できる。

しばらくして冷たい風が一吹きすると、選手たちに緊張が走る。

アナウンス「第1レーン、東谷第一中学3年、間宮くん、第2レーン、羽島中学3年、東くん……」

陽向は静かに目を閉じ、これまで努力してきたこと、そしてゴールテープを切る瞬間の強いイメージを頭に描く。

アナウンス「第4レーン、湘華東中学3年、青井くん」

陽向が手を太陽に向かって伸ばし一礼すると、観客席から大きな波のような声援が響き渡った。

スターター「位置について……用意……」

陽向の腰が上がる。

蝉の声が大きくなり、白い光が選手たちを包んだ。

身体の重みが指先に集まってくる。ゆらゆらと揺れるコースが一瞬きらめき、蝉の声が止んだ。
全身の細胞がその鋭さを、次に来る瞬間のために静かに同調させていく。

その刹那、静寂を号砲が切り裂いた。

陽向の身体は火薬の匂いと一体となり、太陽の光の下に飛び出していく。最高のスタートだった。
両足がタータンの弾力を捉えては、それを推進力に前へ前へと身体を押し出していく。
白い煙と共に他の選手たちが瞬く間に流れては消えていった。

100mのコースが一直線に陽向を吸い込んでいく。誰もいないゴールテープが目前に迫っていた。
その時だった。右脚首に強い衝撃が走る。その刹那、陽向の眼は回転する世界を映し出していた。

陽向「……何が?」

何が何だかわからなかった。気がつくと、むき出しになった腕や脚がタータンの床に投げ出されていた。

陽向「熱い……」

痛みなのか、熱さなのかそれすらもわからない。灼けるような感覚の中、陽向は呆然と真っ白な光を見上げていた。
駆けつけたコーチや部員たちが駆け寄ってきているようだ。どこからか、すすり泣きすら聞こえてくる。

やがて、担架に載せられた木偶が群衆から離れていき、ただただ空が流れていく。皆の声が遠くに消えていき、ただ蝉の声だけが陽向の耳にこだましていた。


【第一場】 驟雨しゅうう


高校に進学した陽向は、一人グラウンドを眺めていた。春風に土煙が舞い上がり、思わず眼を瞑る。白線が引かれた雑なコースはいかにも弱小校のそれであった。よく見れば、その下にバッターボックスであろう白線の跡も見える。

陽向「いっそ、清々しいな」

まるで仲良しごっこのような陸上部に安堵するものの、途端に地の底から湧き上がるような哀しみが襲ってきた。

陽向「だってしょうがないじゃないか……」

あの時痛めた脚はすっかり完治していた。一時期は松葉杖が欠かせず、歩くこともままならない自分への怒りやら情けなさやらでどうにかなりそうだった。

陸上部を引退した後は、それを振り切るように勉強に打ち込み、あえて陸上の弱い進学校を選んだ。そのはずだった。
陽向はたまらなくなって、フェンスに拳を叩きつけた。

陽向「もういいじゃないか! もうやらないって決めたんだから!」

光に包まれていたあの頃とは違い、すっかり性格もひねくれ、何かと愚痴ったり、不満を口にするようになっていた。
そのイライラは家庭にも向けられた。暴力とは言わないまでも物に当たったり、両親と口論になることが増えた。

陽向はそんな自分にも嫌気がさし、すっかり全てを拒絶するようになっていた。ゴールデンウィークが明けると、この世界に陽向の居場所はなくなっていた。

母「すみません。ええ。もう部屋から出たくない、と。はい。申し訳ございません。少し家で様子を見ますので……はい。またご連絡します」

まどろみの中で母のそんな声が聞こえてきたような気がしたが、陽向には最早関係のないことだった。再び気怠い眠りの中へ落ちていく。遠くに耳障りな蝉の声が聞こえて、眩しい光の空が流れていく。

陽向「また……あの時の……」

不快な気持ちが拡がった瞬間、急な空腹で目が覚めた。ベッドの頭に据えられた目ざまし時計を見ると、とっくに13時をまわっている。
おもむろに洗面台に行くとボサボサの髪にだらしない服装をした男が立っていた。すっかり目に隈もできて、おまけに変に痩せてしまっている。かつて陸上部のエースで校内一イケメンだった男の姿は見る影もない

陽向「我ながらひどい有様だな」

ふと自分が可笑しくなったが、急に腹のあたりが再び振動し出す。

陽向「何もしないくせに、ここだけはいっちょ前だな」

言いようもない怒りがこみ上げてくる。陽向は腹をさすりながら冷蔵庫を漁った。何もない。あたりを見回すが、母も留守のようだ。

陽向「(舌打ちして)仕方ない、買いに行くか……」

身だしなみもそこそこに家を出る。ふと空を見上げると、真っ黒な雲が遠くから迫っていた。心なしか空気も湿ってきている。今にも降り出しそうだが、まだ雲の切れ間もある。
駅前まで大した距離でもないので、このままサッと行って帰ってこよう。陽向は小走りで家を後にした。
道中、黒い猫を見かけたり、カラスに追いかけられたりして、思わず乾いた笑いが出る。

陽向「いやー、俺ってば悲しいくらいに不幸ですねー」

買い出しを終え、店を出る。真っ黒な雲はもうすぐそこまで迫っていた。よく見れば遠くに雨筋も見える。

陽向「急がないと!」

いっそ走ろうかと思ったが、あの時の記憶が脚に響いてそれを許さない。
そうこうしていると住宅街に入ったところで、一滴腕に落ちてきた。

陽向「やっば!」

そう口に出したときには既に遅かった。たちまち矢のような雨が降り注いできた。

陽向「あー、ナメてた! やっぱり傘持ってくるんだった!」

慌てて近くにあった閉店中の店の軒先に避難する。

陽向「こんなんじゃ傘持っててもあんまり変わらなかったか」

雨は文字通りバケツを引っくり返したような激しさで、とてもその場を動けるような状態ではなかった。たまたま外出したらこれだとまたしても己の不幸を嘆いていると、ふと横で少女が空を見上げていることに気づく。陽向にとっては数ヶ月ぶりの他人である。しかも異性。

歳は同じくらいだろうか。来ている制服は陽向の学校とは違うものだ。
長くて柔らかい黒髪は腰のあたりまでスルリと伸びて、向日葵のヘアピンを挿している。まさに容姿端麗なことが横から見ていても分かる。近くにいるだけで心がざわついてしまう。話しかけられずにそれでもチラチラと様子を伺っていると、少女が急に口を開いた。

少女「いやー、すごい雨だねぇ! もうこれはあれだ、シャワーでいうと蛇口全開状態だよ。ほんと楽しいくらいの勢いだねぇ」

少女の無邪気で明るい声に面食らう陽向。

陽向は、『どこが楽しいんだ。さっさと帰りたいのにこんな目に合うなんて』と思ったが、そこは見ず知らずの女の子の手前。喧嘩を売るわけにはいかないと固く口をつぐんだ。

少女「今日はほんとラッキーだった!」

少女がそうつぶやくと、陽向は『いつもの』クセで脊髄反射的に声に出してしまった。

陽向「どこが! アンラッキーじゃん!」

少女は驚いた様子で陽向の方を見ている。陽向はたまらなくなって、少女に背を向けてしまう。

少女「なんで? こんなにすごい雨、めったに見られないよ?」

陽向「あ、雨ではしゃぐとか……子供じゃないんだからさ」
少女「そうかな。誰だってこんなのドキドキしちゃうよ」
陽向「冠水とかしたら大変だよ」
少女「あー、ごめん。そういう心配もあったかー」

感心している少女に呆れる陽向。顔に見合わずどこか抜けているのだろうか。そう思ったら不思議と急に緊張が解けてしまった。

陽向「傘もなくて身動きとれないのに、喜んでるのってキミくらいなものだろ」

少女は「そうかなー」と言いながら、大粒の雨を掌に受けながらはしゃいでいる。

少女「あ!ヒマワリ!」と言うと、近くに咲いていた向日葵にゆっくりと手を伸ばした。

少女「雨に打たれる向日葵の花。頭はたれてるけどまっすぐ立ってるね。えらいえらい」

向日葵の花を見つめている少女はどこか哀しげで、それでも雨のせいだろうか、この世の者ではないような神秘的な美しさがある。陽向はそんなことを感じる自分にハッとして急に恥ずかしくなった。

少女「君ももうすぐ咲くね」

少女が向日葵の花を愛おしそうに見つめている。陽向はその姿につい見とれてしまう。

陽向「ええと…ヒ、ヒマワリ、好きなの?」
少女「うん。大好き」
陽向「そ、そうなんだ」

相変わらずの凄まじい雨音によって、その場の空気は押し留められているような気がした。外界とは遮断された狭い空間の中で、ただ静かな時間が流れていた。

少女「さてと……暇だからさ、何かお話しようよ」
陽向「え!? 急に何だよ。初めて会った他人に何話すって……」
少女「別に初めて会ったわけじゃないよ。あおいひなたくん」

陽向にはわけがわからなかった。何で見ず知らずの女の子が自分の名前を知っているのか。陸上の世界ではある程度有名人ではあったが、それもほんの狭い世界のことだ。
陽向がまごまごしていると、少女はがっかりした様子でうなだれてしまった。

少女「ほんとに思い出せないのかー。悲しいなぁ私は」
陽向「ちょ、ちょっと待って。思い出すから! えーと……」
少女「はい。これ」

少女は自分の通学バッグを陽向の顔の前に向けた。

陽向「え? 何?」
少女「ここだよ。ここ」
陽向「名札か……えっと、あま・・みや……」
少女「ひな。私の名前は、雨宮陽菜あまみやひな。どう? 何か思い出した?」
陽向「……いや、本当に思い出せない……」
陽菜「あーあ。雨宮さんとこの『ヒナちゃん』ったらご近所でも評判だったのに」
陽向「え? そうなの?」
陽菜「まぁ嘘だけど」

陽向は「嘘かい」と突っ込もうとしたが、このくらいの冗談が今は心地良い。

陽向「うらやましいよ。キミが」
陽菜「何で?」
陽向「どうしてそんなに明るくいられるのさ。今だって土砂降りで帰れなくなってるじゃない。普通さ、こんな最悪なことそうそうないよ?」
陽菜「あー、そういうこと? 帰れないかもしれないけど、おもしろいでしょ?」

陽菜は少し考え込んだ後、陽向の顔をまじまじと見る。

陽向「な、何?」

陽向はつい恥ずかしくなって、顔を逸らしてしまう。

陽菜「キミともこうやって再会できたわけだし。こっちはもう探して探して探したんだから」
陽向「え!?」
陽菜「もう、何ていうか、てっきり川にでも飛び込んだのかと。あ、でもそんなわけないか」
陽向「いやいや、そんなわけないって……なんだよ! 俺だってその気になれば!」

陽向は自分でも何を自慢しようとしているのかわからなくなっていたが、その場は虚勢を張るしかなかった。

陽菜「そして、しばらく見失っていた間に、陽向くんはすっかり変わってしまいましたとさ」
陽向「……変わったって? 何でそんなこと、どうして初めて会ったキミにわかるのさ」

陽向はしまったと思った。しかし、他人に変わったと言われるのがこんなにも心をえぐってくるとは自分でも驚きだった。
それは自分で自分が変わったということを認めたくないということなのだろうかなどと考えていると、目の前の少女の顔があからさまに暗くなっていく。

陽菜「……本当に私のこと知らないのかぁ……」

打って変わって寂しそうな表情になった陽菜に呼応するかのように、雨がさらに強まってくる。このタイミングで雨の音が強くなってきたのは、陽向にとっては救いだった。

陽向「……ご、ごめん」

陽菜は下を向いて何か考えているようだが、長い黒髪の下に隠れて表情が読み取れない。

陽菜「……まぁ無理もないか!」

陽向は急な大声に「ひぃ!」と情けない声を出してしまったが、よく見ると陽菜の表情はすっかり明るくなっていた。
何なんだこの子はとすっかりペースを乱される陽向に、陽菜は無邪気な笑顔を向けている。

陽菜「いいや! じゃあさ、今から知ってよ。私のこと!」
陽向「え!?」
陽菜「今日から初めましてで『お友だち』、ね?いいでしょ?」
陽向「おとも……だ……ち?」

陽向にとっては無縁の言葉だった。普段部屋に引きこもり、完全に外界と遮断されて過ごしている。しかも目の前の女の子が友達になろうだなんて、にわかに飲み込める状況ではない。

陽向「い、いやいやいやいや。何で俺が?」
陽菜「いいじゃない。私は陽向くんのこと、何でも知ってるよ」
陽向「何でもだって?」
陽菜「そうだよ。何でも」
陽向「さっきからさ、何なんだよ。俺のこと知ってるって……他人に俺のことなんてわかるはずないだろ!」

まただ。『何でも』という言葉にどうしても反応してしまう。陽向は思わず唇を噛み締めた。

陽菜「え!?あ、まぁ何でもってのは言い過ぎか。だいたいは知ってる」
陽向「あのさ……」
陽菜「うん、何?」
陽向「今日初めて会ったのに、何で俺のこと知ってるなんて出任せを言うんだよ! 自分でもわかってないくらいなのに!」
陽菜「え?」

驚いた表情を見せる陽菜を見て、陽向は戸惑った。陽菜の明るさに救われていたと思っていた。それなのに怒りを表に出してしまった事実に、陽向自身が驚いていた。

陽向「も、もういいだろ? 何もかもわからないんだよ。自分でもどうしていいのか。だからキミにもわからない、ってそういう意味」
陽菜「(うつむきながら小さな声で)わかるよ……ずっとみてきたもの……」
陽向「え?ずっと、見てきた?」

その表情は嘘をついているように見えない。しかし、自分は彼女を知らない。では、この少女はいつから自分のことを見てきたのか。
陽向は何かとんでもないことが起きているのではないかと不安になる。

陽菜「あー、今のナシ! ナシ! じょ、冗談だよ! あ、あはははは」
陽向「じょ、冗談?」
陽菜「あ、えーとあの……あ!そうだ。友達から頼まれて、ね。うん。それ!」

『友達に頼まれて』と必死に取り繕っている少女が急に近くに感じられ、陽向はようやく安堵する。

陽向「(笑いながら)何だ。ただのストーカーか」
陽菜「ひ、ひどい……」

陽向は調子に乗って言葉を重ねる。

陽向「俺、何も取り柄がないんだ。ずっと見てたっておもしろくないだろ」
陽菜「そんなことない! 陽向くん、陸上であんなに頑張ってたじゃない!」
陽向「あ、知ってたんだ……でも、大事な試合で大怪我。そのまま引退さ」
陽菜「また頑張ればいいじゃない。陽向くんならまたすごいところまでいけるよ」

陽菜の表情はどことなく必死に見える。そして、その期待は余計に陽向の心に深く影を落とすのだった。

陽向「もうブランクもあるし、ダメさ! あ、もっとすごい人たちいっぱいいるよ。イケメンもいるし紹介してあげようか?」
陽菜「いい! そんなの。私は陽向くんにもう一度がんばってほしい」

ここをヘラヘラとかわす以外、陽向にできることはなかった。そうでなければ、諦めた自分が壊れていく気がした。

陽向「今じゃ引きこもりで親ですら拒絶しているようなもうヒキニート。もうしょうもないやつなんだよね、だからさ、友達の頼みか何か知らないけど、俺なんかとは関わらない方がいいよ。あはははは」

こんな自分は笑い飛ばすくらいがちょうどいいのだ。それほどのちっぽけな存在なんだよ、などと思いながら薄ら笑いを浮かべる。
と同時に不快な焦熱感が胸のあたりから拡がっていくのを感じた。

陽菜「さっきから聞いていれば……何でそんなこと言うの!?」
陽向「え!?」

陽菜がまっすぐこちらを睨みつけている。明らかに冗談という雰囲気ではない。

陽菜「何で自分のことをそんな風に……いつも吐き捨てるみたいに言うのよ!」
陽向「い、いやだからさ、さっきも言ったけど、性格も悪いしひ、ヒキ……」

陽向がそう言いかけた瞬間、陽菜は思いっきり陽向の胸の真ん中に強く拳を叩きつける。
少女からとは思えない強い衝撃が陽向を襲う。まるで突き飛ばされたような感覚さえあった。

陽向「(胸を押さえながら)えほっ、えほっ」
陽菜「私がどんな想いで……どんな想いで陽向くんを見てきたのか知りもせず!」
陽向「どんな想い……で?」

陽向にとっては寝耳に水だった。『どんな想いで』ってどういう意味なのか。全く想像もつかない。
それはそうだ。何せ自分は初めて今日、この場で知っただけなのだから。

陽菜「あなたはいつもそうだ! そうやって自分を傷つけて。それを見る度に私の心も痛くなる」
陽向「え? なんで俺のことでキミが傷つくのさ」
陽菜「自分の心に聴きなさいよ!それに私は『キミ』じゃない! 陽菜よ! ひ! な!」
陽向「(あっけにとられて)ひ……な……」
陽菜「ごめんなさい。私もう行くね……」
陽向「え!?でもまだ……あめ……が」

陽向がそう言いかけた瞬間、陽菜は雨の中へ消えていった。
陽向は強くなる雨音を聴きながら、胸に響く痛みを感じていた。

陽向「なんで? あの子、泣いてた?」



【次】
② 向日葵畑の向こう側 【 第二場 】 蓮始開 


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