麻薬常習社会 草の根での印象
「麻薬撲滅戦争」:報道と草の根での印象の乖離
昨年約一年間、フィリピンはミンダナオのカガヤン・デ・オロ市で生活する機会があった。本来の目的は、第二次大戦後、所謂冷戦期に関するインタビューを集めることだったが、住民たちにインタビューしているうちに時事問題や関連する現地の情報も集まってくる。
2016年に成立したドゥテルテ政権の大きな政策目標として「汚職の撲滅」と「麻薬撲滅」を上げていた。ドゥテルテ大統領は、「麻薬撲滅戦争」というスローガンを用い、麻薬取締に際しては暴力の行使も辞さないと発言していた。ヒューマン・ライツ・ウォッチのようなNGOは、警察の麻薬取締に関わる暴力で数千人の死者が出ているという報告もしている。
私自身、東ティモールの国際連合での勤務経験があり、NGOと連携して働くことも多かったが、この種の報告にはいくつか特徴的な問題もある。例えば、歴史的な背景の単純化や無視、大統領などの大物政治家や軍・警察などの大物や国家機構をターゲットとした「加害者と被害者」という認識枠組み、その社会特有の構造的問題の無視などがある。アヘン戦争の時代に中国のアヘン対策を「自由貿易の原則に対する申告な違反」と非難したのは、西洋列強だったということも思い出されたい。批判の論点は変化しているが、人権や自由貿易といった原則ばかりを強調すると、見えにくくなる問題がある。
フィリピンの麻薬撲滅戦争や汚職問題に関しても、私自身がミンダナオでインタビューしながら生活した印象と、海外での報道には乖離する点がいくつかある。そこで、このような問いかけをしてみたい。
「2016年時点でダバオ市長だったドゥテルテが暴力の行使を辞さない政治家であることは広く知られていた。であれば、なぜフィリピンの一般大衆の大多数が2016年の大統領選挙でドゥテルテに投票したのか?」
この問いにカガヤン・デ・オロ市で知り得た範囲で答えてみようと思う。
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きしぉう博士のアジア研究ノート
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