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この作品にはモデルがいます。彼なのかそれとも彼女なのか。明言は避けますが、まあ、わかりますよね。 断片的に語ってくれた恋愛体験談を「一つにまとめて小説作品として公開してもよいか?」と聞いたところ「構わない。むしろ書いて欲しい」と快諾をいただき、脚色したり時代や時系列を変えたりぼかしたりなど、特定されないように留意しつつ、恋愛小説にしました。書籍化してベストセラーにでもならない限り、彼と彼女の当時の関係者が気づく恐れは限りなくゼロに近いでしょう。 脚色はしましたが、以下の
貴女は同僚で仕事を教えてくれた大先輩で…人妻だった。 小悪魔な人妻にガチ恋したウブな年下くんの受難を切なくほんのりコミカルに描く禁断のラブストーリー。 ♦︎登場人物 ・江田剛(えだつよし) 主人公 23歳 独身・彼女なし 某私立大経済学部出身 新卒でとある企業に入社 自分では平凡な男だと思っている ・松木香奈美(まつきかなみ) 32歳 既婚・人妻 江田剛の同僚にして先輩 某国立大法学部出身 頭脳優秀、仕事きっちり でもなぜか入社したばかりの江田剛を誘惑して…。 ・松木礼
→第1話へ 彼女が自分よりも九歳も上だと知ったのは、歓送迎会も中盤に差し掛かり、僕も周囲の先輩たちもアルコールが回って良い気分になった頃に、気づいたら隣に座って赤い顔でビールを注いでくれた彼女本人の口からだった。 「江田くん。もう仕事慣れた?」 「はい。えっと、なんとかやってます」 宴会場になった居酒屋の10畳ほどの広さの個室。端っこの方にいたはずの彼女、松木香奈美がいつのまにか隣にいる。そこは元々、佐藤係長の席だったが、当の係長はどこへ行ったのか、目で探していたら上山
→第2話へ 「ねえ江田くん。私、行きたいところがあるんだ」 仕事を終えた帰り道。彼女の自宅に向かって一緒に歩いていると、かわらしくニコッと笑った彼女が僕に首をかしげてみせた。「…あるんだ」の語尾が甘く伸びて「あるんだぁ」に聞こえた。はにかんだような笑顔がとてつもなくかわいい。僕よりも九歳上の三十路なんかにはとても見えない。まるで年下のかわいい女子大生のような松木香奈美さんは職場の先輩で国立大の法学部出身でキビキビ仕事する人で…人妻だった。 「どこへ行きたいですか?」 「え
→第3話へ …頭いてぇ…飲みすぎたぁ…。 なんの名目なのかよくわからない職場の宴会の翌日、一人暮らしのアパートの部屋の、狭いベッドに寝転がったまま、ガンガン痛む頭で昨夜のことを考える。とは言っても彼女のこと以外は記憶から抜け落ちていた。 いつもよりもはしゃいだ感じの彼女は最初からハイペースで飛ばしていた。どこの席にいても、宴会の途中で、いつものように気づいたらいつのまにか僕のすぐ隣にしどけない風情で座り、僕とおしゃべりしながら、初々しいピンク色に染まった顔で酒を飲んで
→第4話へ 梅雨が明けた七月半ばのある日。仕事を終えた彼女と僕は、都内のとあるホールで催されるクラシックのコンサートへ行った。チケットは事前に彼女が予約してくれた。 クラシックジャンルの音楽が僕たちの共通の趣味ではあるけれど、彼女はマーラーとモーツァルトが好きで、好きすぎてウィーンへ何度も行くぐらい好きで、でも僕はワーグナーが好きで、クラシックに興味がない人にはわからないだろうが、彼らウィーンゆかりの偉大なる作曲家とドイツ愛に満ちた尊大なワーグナーとの間には高い壁がある
→第5話へ 彼女と始めて結ばれた感動の一夜が明けた次の日。会社で顔を合わせた彼女は、意味深な目線を送ってくるでもなく、いつもの彼女と何も変わらなかった。だから僕は逆に不安になった。だって、そうなってはいけない人とそうなって一線を超えてしまったのに、僕の日常はいつもどおりで僕だけが異常に彼女と同僚を意識しているのだ。 もしかしてホテルに入るところを知り合いの誰かに目撃されていて、その情報がすでに広がっていて、みんな知っているのに知らない振りをしているのではないか?さらに僕
→第6話へ 彼女の住まいから少し離れた場所に公園があった。公園と言ってもまばらに雑草の生えた広い空き地の隅にぽつんとブランコがあるだけ。彼女と一緒に何度か行ったことがあるがいつも誰もいない。すぐそばに商店街があるのに近所の人はあまり利用していないようだった。 唯一の遊具であるブランコは、枝を広げた大樹の木陰になり、夏の昼下がりでも涼しい。道路に面した東側は高い塀があって通行人からの視線を遮ってくれる。 彼女と何度かその公園へ行った。ブランコに並んで乗り、どこにでもいそ
→第7話へ 七月の終わりか八月の初めだったと思う。夏休み休暇を利用して一人でウィーンへ行ってくるという話を彼女から聞かされた。ウィーン大学の聴講生としてだったような…僕の記憶違いかもしれない。社会人の語学留学みたいな話だった。期間は二週間か三週間。ついでにモーツァルト生誕の地であるザルツブルクへ足を伸ばすと言う。 憧れのウィーンへ行く話をする彼女はとても嬉しそうだった。その様子を見て、彼女が僕の手の届かないところに行ってしまう、今までの僕たちの関係を投げ捨て、僕だけを置
→第8話へ ずうっとあとになって、すべてが終わってしまってから思い返してみたとき、幸せで満ち足りた気持ちで彼女とセックスしたのは、彼女がウィーンへ旅立つ前の、湖水デートの日が最後だった。彼女への僕の想いが最も強かった時期でもあり、彼女も優しくて可愛かった。 「結婚しよう」 僕がそれを口走ったのもウィーンへ行く前のことだ。 「どこか遠くの街で二人で暮らしたい。結婚しよう」 僕は彼女に言った。既婚で子どももいる人に向かって軽々しく言ってよい台詞ではない。でもその時の僕は
→第9話へ ウィーンから帰国し、久しぶりに仕事に復帰した彼女はものすごく上機嫌だった。まるで以前とは別人のようにはしゃいで明るい。声も大きくてよく笑う。 聞かないうちからウィーンでの様子を話してくれた。大学での授業のこと。ウィーンの街を歩いた感想。そしてザルツブルクでモーツァルトの墓を訪れたことをまるで熱に浮かされたような調子でしゃべる。 こんな時の彼女は危険だ。上がっているメンタルがいつ奈落へと落っこちるかわからない。そしてその危なっかしいバランスはちょっとしたこと
→第10話へ 秋。待ちに待ったドイツオペラハウスの引っ越し公演がやって来た。この春に、僕と彼女はチケットを買っておいたのだ。演目はリヒャルト・ワーグナー作『ニーベルングの指環』で、全四作品を四日かけて公演を行う。 引っ越し公演の話をした時、彼女はあまり興味を示さなかったので「わたしも行く」と言われたのには驚いた。と同時に一緒に行けるとわかり、喜びが湧き上がった。 チケットは事前申し込み制で、S席だと四公演通しチケットが総額二十万円近くもした。社会人一年目の独身者にとっ