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【R18恋愛小説】ストリート・キス 第3話「小悪魔なあなたにぞっこんです」

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「ねえ江田くん。私、行きたいところがあるんだ」
 仕事を終えた帰り道。彼女の自宅に向かって一緒に歩いていると、かわらしくニコッと笑った彼女が僕に首をかしげてみせた。「…あるんだ」の語尾が甘く伸びて「あるんだぁ」に聞こえた。はにかんだような笑顔がとてつもなくかわいい。僕よりも九歳上の三十路なんかにはとても見えない。まるで年下のかわいい女子大生のような松木香奈美さんは職場の先輩で国立大の法学部出身でキビキビ仕事する人で…人妻だった。
「どこへ行きたいですか?」
「ええとねえ…」
 聞き返した僕を上目づかいで見つめてくる。職場でのこの人とはぜんぜん違う無防備な女の表情に、僕の中にいるオスの本能がズクンと疼く。
 この前、居酒屋に誘われて一緒に飲んだ帰りに、路上で抱き合ってキスしてから、仕事終わりに彼女の自宅まで送っていくのが僕の日課になっていた。送っていくと言っても、彼女の自宅のあるマンションの三百メートルほど手前の地点で「ここでいいわ」と彼女が宣言したら終了だ。通行人がいる路上で、知り合いに見られる危険性があるにも関わらず、僕と抱き合ってキスするのは平気な彼女のNGポイントが僕はわからない。
 わからないといえば、平凡な私大を出た平凡な年下の男である僕なんかをなぜ誘惑(現在進行形で)したのか疑問だらけだった。でも僕は彼女に聞いたりしなかった。そこらへんの感情を何も教えてくれない彼女にうっかり余計な質問をしたせいで、この甘美な秘密の関係が崩れてしまうのが怖かったからだ。
「確か…こっちの道だったかな」
 彼女の誘導でいつものルートから外れ、横道に入る。人通りが途絶えた。夕暮れの薄闇を街路灯が照らしていた。
 少しだけ前を歩いていた彼女がくるっと振り返った。ココアブラウンの膝丈スカートの裾がひるがえり、飛び込むように抱きついてきた体を受け止めて抱きしめ、唇と唇を押し付け合う。あの日から、初めてこの人とキスを交わした日から何度も経験した一連の流れだ。
 何度もその小柄な温かい体を抱いてキスしているのに、あの日と同じように、僕の心臓は激しく踊り狂い、体がじんわり熱くなって、条件反射のように股間が固くなる。ぜんぜん慣れない。キスのたびにあそこが反応していたら、いい加減で彼女に気づかれてしまう。僕だって恋愛経験値はそれなりにあるのに。どうしてこの人だけ特別なんだろう。
 …人妻だから?
 今こうしてこの腕で抱きしめてキスをしている彼女が人妻であるという事実が、僕にはどうしても実感が湧かないのだ。
 押し付けていた唇を離した彼女が何も言わずに腕を絡めてきた。二人でくっついて横に並んでまた歩き出す。
「んー。あれぇ」
「どうしました」
「ないなあ。この辺のはずのに」
 何がですかと聞いたら、かわいらしい、でも普通の口調でこう言った。
「ホテルよ。この辺にあったはずなんだよね」
 「…は?」
 …ホテ…ル?
 …今、ホテルって言った…よな?
「あ、あの…」
「帰ろっか」
「えっ、ええっ?!」
 足取りも軽く、来た道を戻り始めた彼女。僕のぐるぐる回る混乱した頭が勝手に情報検索をし、現在地から一番近いラブホテルをピックアップした…けれど、その情報を彼女に伝える勇気が出なかった。
 …なんなんだ。この人は。何を考えているのかぜんぜんわからないぞ。ヤバいな。ヤバい。僕は貴女に…ぞっこんだよ。
「あの、僕は、松木さんが」
「香奈美って呼んで」
「僕は…香奈美さんが…す」
 好きですって言いかけたのに「ここでいいわ。じゃあね」バイバイと小さく手を振って去っていく彼女の背中へ、力無くその言葉をつぶやいた。
 …好きです。大好きなんです。

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第4話「告白したのに…」へ続く


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