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【R18恋愛小説】ストリート・キス 第11話「オペラ公演でエッチ」with ワーグナー ワルキューレの騎行

第10話へ

 秋。待ちに待ったドイツオペラハウスの引っ越し公演がやって来た。この春に、僕と彼女はチケットを買っておいたのだ。演目はリヒャルト・ワーグナー作『ニーベルングの指環』で、全四作品を四日かけて公演を行う。
 引っ越し公演の話をした時、彼女はあまり興味を示さなかったので「わたしも行く」と言われたのには驚いた。と同時に一緒に行けるとわかり、喜びが湧き上がった。
 チケットは事前申し込み制で、S席だと四公演通しチケットが総額二十万円近くもした。社会人一年目の独身者にとっては痛い出費だ。彼女に相談したところ、
「滅多にないチャンスなんだからS席にするべき」
 そんな風に断言され、それもそうだと納得した。さらに確か…。
「わたしがチケット代を出してあげても」
 みたいなことを彼女に仄めかされ、断ったような記憶がある。とにかくチケット代金は僕と彼女それぞれで負担し、申し込みおよび支払い手続きは、夏の前頃にまとめて僕がやった。
 この日のために購入したシックなデザインのジャケットとトゥラウザー。欧米では礼装で臨むらしいが日本ではそこまでしたら浮くだろうと思い、でも普段のビジネススーツもどうかと考えての選択だ。彼女は、襟のデザインが洒落ている清楚な感じの白のブラウスにスカートだった。どんな上着だったか、スカートの色などは、おそらく舞い上がっていたせいで覚えていない。
 肝心のオペラはとても感動した。とても。横に座っている彼女の存在を忘れてしまうほどに。
 彼女は日頃ワーグナーの悪口を言っていたにもかかわらず、機嫌が良かった。休憩時間に言う感想も好意的で、僕も気分が良かった。
 一作品が三〜四時間もあるから途中で長い休憩(一時間ほど)を二回ほど挟む。その休憩時間にホールの外にあるレストランで食事したり、休憩コーナーで寛いだりするのだ。僕たちも他の客と同様に寛いで過ごした。楽しかった。機嫌が良い時の彼女はすごく可愛い人になる。
 僕と話していると彼女が…。
「ねえ」
 あの甘い声を出した。僕に顔を近づけ、
「ねえ。ここでわたしにキスできる?できないよね」
 その目が光っていた。誘われているのにNoと拒む選択肢は僕は無い。
 組んだ腕を引き、人が来ないであろう場所へ彼女を連れていく。暗がりで彼女を壁に寄りかからせ、どきどきしながらキスをする。僕の手を捉えた彼女はその手を自分の胸に。なすがままに、服の上から胸の隆起を手のひらですっぽりと覆い、最初は優しく、次第に強く、下からすくい上げるようにして揉む。キスの合間に彼女の喘ぎが漏れる。
 …こんな場所でも求めてくるあなたは、ああ、なんて淫らで可愛くて素敵な女なんだろう、と僕は思った。
「待って。ねえ…」
 キスと胸への愛撫を中断すると彼女がごそごそと身悶えし始めた。どうしたのと尋ねたら恥ずかしそうな顔をした。
「肩ひもが落ちちゃった」
 僕のせいでブラジャーの肩ひもが外れてしまったらしい。
「直してくるね。口紅も。江田くんは席に戻っていていいよ」
 彼女はトイレに。僕は大人しくホールに戻った。次の幕の開始まで、まだ時間があった。音合わせをしているオーケストラメンバーを見ようとして、何人かの客がピットを覗き込んでいる。彼女が帰ってくるのを待つあいだ、僕はその様子を眺める。
 そういえば…ウィーンにいるあいだに彼女はオペラを観たと言っていた。シュターツオーパーだっけ。戻ってきた彼女によって僕の記憶は訂正された。
「フォルクスオーパーよ。シュトラウスだからオペレッタね」
 彼女曰く、庶民向けのカジュアルな作品がオペレッタと呼ばれ、ヨハン・シュトラウス二世がオペレッタ作品の大御所らしい。さらに主にオペレッタを上演しているのが「ウィーン・フォルクスオーパー」だという。
 彼女の音楽趣味はウィーンを起点としている。ヨハン・シュトラウスとモーツアルトをこよなく愛し、ウィーン少年合唱団も大好きだ。絵画にも知識があったがウィーン生まれの画家であるクリムトやエゴン・シーレは好きじゃないと言う。
 日頃からドイツ語を勉強しているけれどドイツが好きだからではなくて、オーストリアの公用語がドイツだから、将来、ウィーンでドイツ通訳をやりたいからと彼女本人から何度も聞いた。
 彼女にとっては興味の範囲外のはずのワーグナーのオペラコンサートに、多額のチケット代を払ってまで付き合ってくれたのはなぜなのか?
「興味があったから」
 そうは言っていたけれど、彼女は決して自分を曲げない人だ。興味が無いものには興味が無い。誰かに勧められたからという理由だけで自分の趣味じゃないジャンルに手を出したりしない。今回だけは僕の趣味に合わせてくれた。そう思いたかった。
 四日間にわたるオペラ上演中、僕と彼女は音楽とドラマを堪能した。休憩時間には何度か破廉恥で危険な秘密の遊戯を試みたが、上演が終わってからはどこかのレストランで食事をしながら話しただけで、ホテルに寄ったりもせずにそれぞれの家に帰った。

ワーグナー ワルキューレの騎行

♦︎有料公開ですが全文読めます。愉しんでいただけたら、作品への応援の意味でご購入ください。

(続く)


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