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【R18恋愛小説】ストリート・キス「第1話」

 貴女は同僚で仕事を教えてくれた大先輩で…人妻だった。

小悪魔な人妻にガチ恋したウブな年下くんの受難を切なくほんのりコミカルに描く禁断のラブストーリー。

♦︎登場人物
・江田剛(えだつよし)
主人公
23歳
独身・彼女なし
某私立大経済学部出身
新卒でとある企業に入社
自分では平凡な男だと思っている
・松木香奈美(まつきかなみ)
32歳
既婚・人妻
江田剛の同僚にして先輩
某国立大法学部出身
頭脳優秀、仕事きっちり
でもなぜか入社したばかりの江田剛を誘惑して…。
・松木礼司(まつきれいじ)
・32歳
香奈美の夫

プロローグ


体の傷はいつか消える。
心の傷は…時が治してくれるとは限らない。

 この物語のテーマは特に無い。
 かつて自分が愛した一人の女性について、およびその人との、僕にとっては純粋な愛の顛末を、あれからだいぶ時が経ち、出会った頃の彼女の年齢をとっくに超えた今になって、僕の中の彼女の記憶が風化し、思い出せなくなってしまう前に、何かの形で残しておこう、文章にしてみようと、ある日ふと思い立った。それだけだ。
 だから、何かしらのメッセージを込めてあるとか理解してほしいなどとは全くと言ってよいほど思っていない。
 僕と彼女の物語は、ある人にとっては不道徳で許し難いものだろう。ある人にとっては卑猥でいやらしくて忌まわしいものに映るだろう。どの見方も真実であり「そんなことはない」と否定するつもりもない。
 この物語を読むことにより、もしも何かを得られるとしたら、クラシック音楽の知識だろうか。
 モーツァルトやヨハン・シュトラウスやリヒャルト・ワーグナーや、それらの偉人たちが遺したオペラ作品について少しだけ知ることができるかもしれない。でもそれだけだ。
 ゆえに、読んでいる途中でもしも不快に思われたなら、そのような気持ちにさせてしまったこと、ならびに貴重な時間を無駄に消費させてしまったことをお詫び申し上げる。
 もちろん、その時点で読むのをやめていただいて構わない。
 もしかしたら…あなたは同情とか共感を覚えるかもしれない。もしもそうだとしたら、僕はあなたへお礼を言う。
 ありがとう。

訃報の春

 彼女が亡くなったと人伝てに聞いたのは、桜の開花情報がそろそろ気になり始める頃のことだった。
 三月のウィーンはまだ寒いのか、それとも暖かいのだろうか?
 東京で暮らす僕にとって、三月は春の気配が駆け足でやって来る季節だ。意味もなく気分が浮わついて、意味もなく期待だけが膨らんで、何だかわからないが良い事が待っているような予感がする。三月とはそんな代物だ。
 彼女が…貴女が暮らしていたウィーンの街並みを想像してみる。でも写真や映像で見たモーツァルト像とかベートーヴェン像ぐらいしか浮かばない。ヨーロッパの歴史ある観光都市といえども、自分が一度も訪れたことがない場所を想像するのは難しい。
 僕にとってまったく縁がないオーストリアの首都に比べて、貴女のことを思い描こうとするのは、それが十年ぶりの行為だったにもかかわらず、やってみると簡単だった。
 僕を振り向いた貴女の眼差し。誘われるままに僕はその小柄な身体を抱く。
「そんな力しか出ないの」
「えっ。だって」
「もっと強く抱いて」
 だって人が見てるからと言いたい僕の唇が、貴女の熱い吐息で塞がれてしまう。
 貴女の白い裸。
 ほっそりした体
 汗ばんだ小ぶりな乳房。
 甘える声と怒りを含んだ声と、思い出したら鮮明に僕の頭に蘇った。
 十年。僕は貴女のことを考えないように、いや、ここ数年は貴女を記憶から消し去って生きてきたつもりだ。しかしそれは表面だけのことだったと今ではわかる。
 あの時の心の痛みはもう感じない。しかしそれも、時間が経つにつれ、ただ痛みに慣れただけだ。
 かつての僕が愛した貴女は、とびきり可愛らしくて知的で淫らで、そして人妻だった。
 ああそして…。
 これほどまでに愛して何度も抱いた貴女は、とうとう最期まで、僕を愛していると、それどころか好きだとすら、僕に言ってくれなかったね…。


第2話「始まりはストリート・キス」へ続く


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