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【R18恋愛小説】ストリート・キス 第9話「彼女のウィーン行き〜結婚しよう」

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 ずうっとあとになって、すべてが終わってしまってから思い返してみたとき、幸せで満ち足りた気持ちで彼女とセックスしたのは、彼女がウィーンへ旅立つ前の、湖水デートの日が最後だった。彼女への僕の想いが最も強かった時期でもあり、彼女も優しくて可愛かった。
「結婚しよう」 
 僕がそれを口走ったのもウィーンへ行く前のことだ。
「どこか遠くの街で二人で暮らしたい。結婚しよう」
 僕は彼女に言った。既婚で子どももいる人に向かって軽々しく言ってよい台詞ではない。でもその時の僕は本気だった。彼女が大好きだったから、心から愛していたから、彼女が愛おしくてたまらなかったから。
 無茶な求婚をされた彼女は困った顔をした。やがて目を伏せ「そう…ね」とだけ。それだけだった。拒否もされなかったが肯定もされなかった。当時の自分は彼女のそんな煮え切らない態度がとても不満だった。
 でも…だからといって彼女は何と言えただろう。もしも僕が彼女の立場だったなら、彼女と同じように返答に窮したはずだ。無論、YESなんて言えない。言えるはずがない。ではNoと言えるか?相手の心を傷つけずにNoと言えるだろうか?おそらく無理だ。
 当時の僕は彼女の心がわからなかった。自分のことしか頭になかった。若さゆえのわがままで、彼女を困らせただけだ。
 ちなみにだが、打算も将来的なものも一切考えずに、ただ純粋に「愛しているから」という唯一の理由で求婚したのは、あとにも先にも彼女しかいない。僕にとっての唯一のひと…。

 ◇

 彼女がウィーンへ出発する当日、見送りには行かなかった。僕たちの周囲の人にとって僕の立場はあくまでも彼女の勤務先の同僚だ。変に目立って違和感を覚えさせてはいけない。彼女からも見送りに来てとは言われなかった。もしかすると来て欲しかったのかもしれないが、わからない。
 彼女という人は、こういう時に素直に自分の気持ちを言わないでおいて、あとになってから不満をぶつけてくる。たびたびそれをやられて、そのたびに僕は困惑したものだ。あの時、そう言ってくれたら良かったのにと…。
 彼女が行ってしまうと僕の心はポッカリ穴が空いたようになった。ウィーンから何かしらの連絡をくれる話など聞いていない。きっと一人になりたいのだ。そう思った。
 彼女が帰国するまで悶々としながら無為に過ごす。電話もメールも来ない。僕のことを忘れてしまうのではないかと不安だけがつのる。実際、その不安は半分は当たっていたのをあとで知ることになる。
 彼女の不在期間中、どんな風に過ごしたのか覚えていない。


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第10話へ続く


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