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棚機の祈り


中学校の手芸部の先生から七夕の話を聞いたのは、今日の部活を終えての帰り際のことだった。
七夕と言ったら織姫と彦星、あと笹の葉サラサラの歌と、短冊に願い事を書く、くらいのイメージしか持っていなかった私は、先生に説明されて初めて、なんで「七夕」と書いて「たなばた」と読むのか疑問にも思っていなかったことに気がついた。

「たなばた」は「棚機」。それが「七夕」、つまり「七月七日の夕べ」とくっついて「七夕(たなばた)」となったみたい。なるほど、言われてみれば織姫って、名前からして機織りのお姫様だもんね。

だからこの日は針仕事の上達を願う日でもあるんだそうだ。

針仕事の上達かぁ。
私は今日の部活の事を思い出して少し憂鬱だった。

根っからの不器用な私が手芸部に入る、と宣言したとき、周りの友達はみんなびっくりしていた。それはそうだと思う。
私だって自分が向いていないことは十分分かっていたけれど、でも部活紹介の時に見た先輩たちの作品はどれもとても可愛くて、私もこんなものが作りたい、と本気で思ったのだ。

でも今日発表されたコンクール入賞作品は、普段あんまり部活に来なくて、
手芸部に入った理由も「楽そうだったから」なんて言っていた沙織ちゃんの作品だった。

確かに沙織ちゃんは手先がとても器用だった。
飲み込みも早いから作品を作るスピードもすごく早くて、だからさっさと作品を仕上げてすぐに帰ってしまう。
一方の私は一つ作品を仕上げるのに何度も何度もやり直しをしなくてはならず、針を刺しすぎてぼろぼろになった布を仕方なく取り替えたこともあるくらいだった。

先輩たちはみんな優しく教えてくれた。
それにしょっちゅう指に針を刺しちゃって絆創膏だらけの手で初めて作品を作り上げた時、私はとても嬉しかったのだ。

でも結果は全然ダメだった。

そのショックを引きずったまま、私はとぼとぼと夕暮れの帰り道を歩いていた。

「あ、萩原さん、いたいた」

後ろから声がかかる。振り向くと部活の吉田先輩だった。
実は私の憧れの先輩。
吉田先輩の作る作品は、どれも仕上げも奇麗だし見た目やデザインも凝っていて、部活紹介の時に見た作品で一番好きだと思ったのも吉田先輩の作品だった。吉田先輩は先を行っていた私に追いつくと、並んで歩き出す。

「コンクール、残念だったね」
「はい、でも自分でも下手だって分かっていたので、いいんです」

しょんぼりと答える私に、先輩は答える。

「うん、最初は誰でもそうだと思うよ」
「でもコンクールに入賞したのは沙織ちゃんの作品だったし…」
「1年生だとどうしても手先の器用な人が有利になっちゃうからね。私も最初は全然だったもん」
「そうなんですか?」

意外だった。吉田先輩は最初から上手かったものだと思っていた。

「いいもの見せてあげる。私が最初に作った作品」

先輩がごそごそと鞄から取り出したのは、端がほつれてぼろぼろの作品だった。私が初めて作った作品と、出来は似たり寄ったりだった。

「ほんとにこれ、先輩が作ったんですが?」
「そうだよ。へたっぴでしょ。でも私これが大好きなんだ」

そう言って先輩はその作品を愛おしそうに見つめる。

「私は萩原さんの作品好きだよ。好きって気持ちがすごく伝わってくる。それにね、絆創膏だらけの萩原さんのその手を見ていると、私も1年の時はそうだったな、って思い出して、一緒だなって思ったの」

そうなのだろうか。私も吉田先輩みたいになれるかな。そんな思いは知らず口からつぶやきとして漏れ出していた。

「大丈夫。好きって凄いよ。不器用なんて関係ない。その気持ちがあれば絶対に上手くなれる」
「でも、やっぱり自信がないです…」

それでも俯いてしまう私を見て、吉田先輩は手に持っていた作品を私に渡してきた。

「じゃあ、これは萩原さんが持っていて」
「え?」
「あげるんじゃないよ。貸すだけ。それを見て、こんなに下手だった先輩がいるんだって、自信をつけてよ」

吉田先輩はにこりと笑う。「…分かりました。ありがとうございます」私は頷いて、丁寧にその作品を鞄に仕舞った。

「それと、もう一個、忘れ物だよ」

そう言って吉田先輩が手渡してきたのは一枚の短冊だった。
そういえば今日、部活のみんなで願い事を書こうといって、先生が手作りの短冊をそれぞれに渡してくれたのだった。コンクールのことがショックで、一度もらったそれを私はすっかり忘れて家に向かっていた。
私がお礼を言う前に、吉田先輩は「じゃあ私こっちだから」と言って元来た道を走って戻っていった。

もしかして、わざわざ私のために追いかけてきてくれたのだろうか。
私は零れそうになる涙をぎゅっとこらえて、家に帰った。

聞いた風習に従って「7月7日の夜明けの晩」に間にあうように、つまり7月6日の夜にこっそり私は部屋のベランダに短冊を飾った。

ベランダから見上げた空は、運よく雨もなく奇麗な夜空だった。
天の川はどれだろうか。普段あんまり星を見上げないからよく分からなかったけど、短冊に書いた願い事は「どうか手芸が上手くなりますように」。

うん。どれだけ落ち込んでも、これを願えるくらいには、どうやら私は手芸が好きらしい。

もう少しだけ、頑張ってみようかな。鞄から取り出した吉田先輩の作品を見つめて、私はそう決意した。

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