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ホットなカフェオレひとつください。


「ねえねえ、カフェオレとカフェラテの違いって知ってる?」

私は得意げに向かいの彼に話しかける。いつもの喫茶店。日曜日の午後2時。私の前には馴染みのマスターが入れてくれた熱々のカフェオレが暖かい店内でもくっきりと湯気を立てている。私の問いに対して向かいに座る彼は手元のハードカバーから目も上げずに言葉を返してきた。

「知ってる」
「あのね、カフェオレがフランス語で、カフェラテがイタリア語なんだって」

彼はハードカバーの陰からちらりと目線だけをこちらに寄越してくる。

「……知ってるっていったのが聞こえなかったのか、君は?」
「聞こえてたけど、言いたかったから」

悪びれず言う私に対して彼は視線に呆れた、という色を付け足してきた。

「それならいちいち僕に聞かずに言えばいいだろう」
「だってそれだと聞いてくれた気がしないんだもの。こういうのは誰かに聞いてもらうから楽しいんであって、一人で知ってても面白くないでしょ」
「知ってることをいまさら聞かされる方の身にもなって欲しいけどね。さっきの例でもっと言えばカフェオレはドリップコーヒーとホットミルクを1:1の割合で混ぜた物でカフェラテはエスプレッソにミルクを1:4の割合で混ぜた物だ。人にものを言うならこのくらいの情報は載せて欲しい」

蕩々と述べる彼に対してそもそもの知識量に劣る私が言い返せるわけもなく、口をとがらせるのが精一杯だ。

「ぶー、かわいくない」
「僕にかわいさを求めているのか、君は?」

そういうところがかわいくないんだぞ、と言葉にせずに心の中で呟く。
私と彼のやりとりはいつもこんな調子だ。
彼は偉そうに言っているけれど、私に言わせれば髪の毛はぼさぼさ、シャツのボタンは真ん中が1コ留まってないし、身だしなみで言えばあんまり褒められた物じゃない。入浴や洗濯はきちんとしているのかそれでも清潔感はあるから別にいいんだけど。
手元の本に落とす視線を辿ってみれば、ずれた眼鏡の奥の瞳は真剣そのもので、二重まぶたにうらやましいほど長い睫毛が乗っかっている。口を開けば憎まれ口が出てくるけれど、夢中で本を読みふけっている姿は子供みたいでかわいいのだ。
彼の前に置いてあるコーヒーはすっかり冷めていて、猫舌の彼にとってはちょうどいいのかもしれないけれど、店のマスターに申し訳ないような気もする。
……すこし懲らしめてやる必要があるかもしれない。
一度集中し出すと周りの事が目に入らなくなるのが彼だ。私はこっそりと彼のコーヒーと私のカフェオレを入れ替えてから、彼に声をかける。

「ねえ、せっかく頼んだんだからコーヒー飲んだら?」

私が促すと「ん。」とひとこと言って彼は本を見つめたままカップを口元に運んだ。

「熱っつ!?」

熱々のカフェオレをそうとは知らずに口を付けた彼はその熱さに驚いて大きく叫びながら慌ててカップから口を離す。慌ててはいても一滴もこぼさないのが凄い。

「へへん、私をおちょくった罰です」
「君ねぇ、悪戯にもほどがあるぞ」

少し赤くなった唇をこすりながら、彼が恨みがましい目でこちらを見る。うっすらと涙目になっているのがとてもかわいかった。

「ちょっと腫れてない?ごめんね、良く見せて」

私がそう言うと彼はテーブルから少し身を乗り出して顔をこちらに近づける。

「お詫びに冷ましてあげるね」

ちらりとまわり見回して誰もこちらを見ていない(そもそもお客が私たちだけだった)のを確認すると、私は首を伸ばして彼の唇を塞ぐ。熱さの残る唇は、ほのかにカフェオレの味がした。

「どう、冷めた?」
「……余計に熱くなった」

口元を押さえてそっぽを向く彼に対して、私は勝ち誇った顔を向けて微笑むのだった。

<了>


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