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ある日、空から降ってきて

ファフロツキーズ(fafrotskies)という現象を知っているだろうか。

オーパーツ(OOPARTS)の命名者である超常現象研究家アイヴァン・サンダーソンが「falls from the skies」(空からの落下物)を略して作った造語である。

簡単にいうと「空から有り得ないものが降ってくる」という現象なのだが、
意外とこれが良くある話で、古今東西事例に事欠かかない。

何故か水棲生物の類いが降ってくることが多く、ナマズやイワシ、カエルなどの例が多い。日本でも古来からそういった現象が記録されており、江戸時代の百科事典『和漢三才図会』には「怪雨(あやしのあめ)」として記載が残っている。

だから、まあ、よくある現象なんだと思う。


なんでこんな話をしたかというと、俺がなぜかその手の現象に昔から遭遇するからだ。

最初のきっかけはたわいもない子供の時の夢想だった。
あれはまだ小学校の低学年くらいの時だろうか。

俺の家庭は貧しくて、子供時分にお菓子などの甘いものを与えてもらった記憶がない。だから友達の家に誕生日会に招かれて、そこで生まれて初めてチョコレートなるものを口にしたのだ。

それは甘くて苦い体験だった。

世の中にこんなに素晴らしいものがあるのかという驚きと、自分の家ではこれは食べられないのだ、という悲しみ。子供心にも家庭の経済状況はなんとなしに理解していたから、誕生日会が終わった後の家への帰り道は憂鬱なものだった。
だからその時思ったのだ。チョコレートが降ってきたらいいのに、と。

そう思った矢先に、目の前の地面にぽつぽつと茶色い雨が降ってきた。
最初は泥かと思った。しかし次々と降ってくるその雨は先ほど口にしたものと同じ、甘い香りを纏っていたのだ。

手のひらでそれを受けて、ちょっと舐めてみる。……甘い。
空から本当にチョコレートが降ってきたのだ。俺は夢中で手のひらを広げて甘美な雨を受け止めた。

後でわかったことだが、近くの工場の配管が壊れて、製品のチョコレートが工場の排気用煙突から吹き出し、チョコレートの雨となって降ってきたらしい。


それ以来、たびたび、という訳ではないのだが、俺はファフロツキーズに遭遇するようになった。


ある時は空からカエルが降ってきたことがある。長雨が続いていたある年の梅雨時、目の前にアマガエルが降ってきたのだ。
最初に目にしたときは、どこからか彷徨い出てきたのだろうと思ったのだが、その時俺のいた場所は繁華街のど真ん中だった。不思議に思っていると次から次へとアマガエルが降ってきた。悲鳴を上げながら逃げ惑う女子高生、戸惑いながら空を見上げるサラリーマン。あたりはちょっとしたパニックだった。

この時は長梅雨と重なった台風のせいで吹きあげられたカエルが降ってきたのだろうと言われていた。


さらに別の時には、イワシが降ってきた。

俺の目の前に落ちたそれは、まだ生きていてびったんびったんと地面で跳ね回っていた。この時はさすがに驚いた。なにせ俺がいたその場所は長野の奥深い山中だったからだ。

辺りはとたんに生臭いにおいに包まれて、次から次へとイワシが降ってくる。そのうちの一部は俺の頭に直撃し、怪我こそなかったものの不快なことこの上なかった。

この時は俺のいた場所の上の方の道路で、生鮮輸送のトラックが運悪くカーブで横転し、勢いあまって荷台に満載していたイワシを崖下に大量にばらまいてしまったとのことだった。

最初のチョコレートこそ嬉しい出来事だったが、それ以外は別に遭遇して良いことがあったわけでは無い。むしろ運が悪い部類の出来事であり、せいぜい呑みの席でのちょっとしたネタにするぐらいだ。


せっかくなら恋人でも落ちてこないものか、と思ったのだが、思った直後に気がついた。

そうだろう、なにせ人が空から落ちてくるという事は。

そこまで考えたところで、背後から、どしゃっ、という音が聞こえた。

俺は何も聞かず、何も見ず、後ろを振り向くことなく、全力疾走でその場から逃げ出した。

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