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Random Walk

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執筆したショートストーリーをまとめています。
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2024年4月の記事一覧

【ショートショート】春を奏でる

【ショートショート】春を奏でる

並んで街を歩いていた彼がふと足を止める。楽器店のショーウィンドウの前、そこに展示されているアコースティックギターにどうやら心引かれているようだった。
「そんなに気になるなら見せてもらったら?」
その場に貼り付いてしまったかのように動かない彼に私は声をかける。彼はそうするね、と言って店に入り、店員さんに頼んでそのギターを手に取った。
「ああ、これはいいギターだ。春ギターだね」
そうつぶやきながらギタ

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【ショートショート】オバケレインコート

【ショートショート】オバケレインコート

「オバケレインコートを発明したぞい」
嬉しそうにそう告げてきた博士に向けて助手ちゃんが不審そうな目を向ける。
「また珍妙なものを……ちなみにどんなものなんです?」
「このレインコートを羽織ればオバケのように透けるし空も飛べるのじゃ。具体的にはランダムヘキサゴンタイプのメタマテリアルで波長光の回折と反重力場の形成を同時に行っておる」
「何言ってるか分かりませんが凄いのは確かですね……」
複雑な表情を

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【ショートショート】深煎り入学式

【ショートショート】深煎り入学式

「今年の入学式は深煎りにしたいね」
「はあ。……は?」
今年の入学式に向けての書類の準備中、ふとした様子で校長がつぶやいた。何を言っているのか咄嗟に理解のできなかった私は間抜けな返事をしてしまう。キョトンとしている私に向けて呆れたように校長が話し始める。
「なんだ君は、深煎りも知らんのかね」
「はあ」
「深煎りというのはだね、コーヒー豆の焙煎度合いのなかで最も深い煎り方のことだよ。 苦味が強くなり

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【ショートショート】蜘蛛の命乞い

【ショートショート】蜘蛛の命乞い

なんの気なしに足元を見たら、蜘蛛がいた。
慌てて丸めた新聞紙で潰そうとすると、なんとそいつが命乞いしてきた。
「許してください。私はただの哀れな蜘蛛なのです」
「でも蜘蛛でしょ。気持ち悪いしなぁ」
「そんなこと言わないでください。ほら、昔話にもあるでしょう。蜘蛛を助けると良いことがありますよ。それに私は害虫も食べる良い蜘蛛なんですよ」
「ほう、そうなんだ」
僕が手を止めると、そいつはチャンスと思っ

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