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【シロクマ文芸部】咳をしても金魚。

こちらの企画に参加させていただいています。


「咳をしても金魚。」
「さようでございます」

ことの詳細は省くが、とある古本市で見つけた怪しげな古書を使って、私は悪魔を呼び出してしまった。
型どおりの見た目をした――耳まで裂けた口、尖った日本の角、爛々と炎のように輝く目、悪魔は「あなた様に”力”を差し上げましょう」と開口一番にいい、先の台詞を吐いたのである。

「それはどういう力なのかな」
「咳をすると金魚が吐ける力、でございます」
「なんの意味があるんだ」
「金魚といっても――」

悪魔が掌を上に返すと、そこには金色に輝く魚。
なるほど、文字通り「金で出来た魚」ということか。

「まあ、銀や銅の魚も交ざりますが」
「銀はともかく、銅はなあ・・・・・・」

咳をするたび魚を吐く、というのは、金や銀の価値を差し引けばまだ許容できるかもしれないが、銅は価値も味も想像ができるだけに、出来れば勘弁していただきたい。

「そうおっしゃられると思いまして」

悪魔はニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべ、爪の先に青白い炎を灯して声を上げて笑う。

「あなた様だけにサービスです。金の魚ではなく宝石の魚を、銀ではなく金の魚を」
「大きく出たね」
「銅の代わりにごく稀に銀の魚が交ざることはありますが・・・・・・いかがですかな?」

なんともうまい話が過ぎる。何か裏があるに違いない。

「対価として魂でも取られるのかな」
「いえいえ、滅相もない。ただ、あなた様が成り上がる姿を、お側で見させていただければ結構です」

悪魔は恭しく頭を下げ、そのまま静止する。
私が「はい」または「いいえ」というまで、動く気はないようだ。

「・・・・・・わかった、契約しよう」
「ありがとうございます」

煙となって消えゆく瞬間、悪魔が再び、ニヤリと笑うのが見えた。
その後、私は咳をするたびに「金魚」を吐けるようになった。

宝石の魚は高く売れ、私は億万長者になる・・・・・・はずだった。



それからしばらくして「吸血鬼」が世間を賑わし始めた。
目が宝石、牙が金でできた彼らは、銀にめっぽう弱く、その他のものでは殺すことができない。

銀があれば――例え食器やキーホルダーでさえ、彼らを滅ぼすことができ、瞳から宝石が、牙から金が落ちる。ただし、彼らに触れた銀は、ともに消えてしまう。
宝石と金の価値はみるみる暴落し、銀の価値はみるみる跳ね上がった。どんな小さな銀でも、今やその価値はダイヤモンドが如く。宝石はただの石ころに成り下がった。

悪魔の「サービス」で私は「宝石の魚」を吐くことができる。たまに「金」が交ざり、「銀」はごく稀だ。
きっと悪魔はこうなることを知っていて、サービスしてくれたのだろう。
今は欲をかいて損をした私のことを、すぐそばで嘲笑っている・・・・・・はずだったに違いない。

「チクショウ、また金だ!」
「次は俺の番だ!頼むぜ、あんちゃん」

ここはある会員制のカジノ。
最近、新しいギャンブルが滅法人気だ。そのギャンブルは「金魚ガチャ」という。

ルールは簡単、私が咳をして吐き出した「魚」を賭け主は得ることができる。一回の金額は安くないが、銀が出れば丸儲け。

私の元手は咳ひとつ、なんとも美味しい話があったものだ。


時々、暗闇から恨めしそうな恨み節が聞こえてくることがある。

「こんなはずでは?ハハハ、人間の欲を甘く見過ぎたな」

今日の儲けを鞄に詰めながら、口笛混じりに私は呟く。
いつの時代も、人の欲望は変わらないものだ。




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