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2023年12月の記事一覧

ショートショート『夢オチドロップ』

ショートショート『夢オチドロップ』

 これを舐めれば、ひとたび全て夢になる。そう言われ渡された飴玉はポケットの中に入ったままだった。


 その日、私は走っていた。自身の小説家デビュー10周年を記念し、新刊の発売と共に開かれたサイン会に遅刻寸前だったのである。会場が割に近所の書店であったがゆえに油断してしまい、前日の夜中まで執筆してしまっていたのだった。目が覚めてみればサイン会の開始まで優に30分を切っていた。

 その書店は散歩

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ショートショート『人人人魚は月まで泳ぐ』

ショートショート『人人人魚は月まで泳ぐ』

 私は毎日六時間だけ人魚になる。一日のうちで十八時から二十四時まで。つまりは一日の四分の一を。なぜかと言えばそれは、私が人人人魚だからだ。

 私の母方の祖母は人魚だったらしい。そして漁師の祖父と出会い、結婚し、私の母が産まれた。人魚の祖母と人間の祖父との間に産まれたから、私の母は人人魚ということになる。その後、人人魚の母は父と出会い、結婚し、私が産まれた。人人魚の母と人間の父との間に産まれたから

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ショートショート『亡くなった妻の悪魔のレシピ』

ショートショート『亡くなった妻の悪魔のレシピ』

 妻は魔女だったのかもしれなかった。そして彼女は俺に黒魔術をかけていたのかもしれなかった。

 ようやく遺品の整理を始めることが出来た頃には、妻の死から既に一年が経っていた。それは一瞬とも、永遠とも思える一年だった。妻との別離による悲しみは時間と共に薄れてくれるどころか、むしろそれは日に日に濃く、重く、苦しくなっていくばかりの気がした。だから遺品の整理に手を付け始めたのも、家の中に残ったあと僅か

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ショートショート『鈴の虫』

ショートショート『鈴の虫』

 朝になるともう、その鈴の音は止んでいた。昨日テントに引っ付き、盛んに鳴いていたそれを、私は日本から持ってきた荷物にたまたま紛れ込んでいたビニール袋の中に入れ、その鈴のような音色に耳を澄ませながら昨晩は眠ったのだった。

 動かなくなったその虫をしばらくじっと見、ビニール越しに少し突っついてみても、やはり鳴くことはおろか微塵も動きはしない。どうやら僅か一晩で死んでしまったらしかった。いきなり狭い袋

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