地域のお母さん的存在が作るコーヒー「KUROMATSU COFFEE」の歴史と未来
2021年7月24日。JR常磐線東海駅からほど近い場所に「東海村歴史と未来の交流館」が誕生しました。村の歴史を学んだり広場での催し物に興じたり、週末は多くのファミリーが訪れています。その建物の一角にカフェ「KUROMATSU COFFEE」があるのはご存知でしょうか。
カフェの店長・川﨑春加(かわさき・はるか)さん(※さきはたつさき)は懐かしそうに語ります。
「子どもが生まれたのは『東海村歴史と未来の交流館』のオープン10日前。出産してすぐにこのお店も開店しなければいけなかったんです」
なぜそんな困難な状況に立ち向かってまで出店したのか。
取材すると、そこには川﨑さんの並々ならぬコーヒーへの愛情と、お客様へのおもてなしの心が伺えました。
コーヒーとの出会い
小学生の頃から料理など食に関することに興味津々だった川﨑さん。5分間の料理番組を録画してコレクションにするほど夢中になっていたそう。食べ物に係わる仕事につきたいと思っていた川﨑さんは、飲食店でアルバイトを始めます。
「休憩時間に従業員のみなさんがコーヒーを飲んでいたんです。コーヒーは休憩中のコミュニケーションにもなったり、人を癒すこともできる。食の専門的なことも学びたいと思っていたのでコーヒーの道に進むことを決めました」
正社員として入社したのは、ひたちなか市にある1990年創業の自家焙煎珈琲専門店「カピアンコーヒー」。
もちろんすぐにコーヒーは作らせてもらえません。ホールスタッフとして働き、軽食を作りながら、まかないとしてコーヒー抽出を練習する日々が1年ほど続きます。ひとつひとつの技法に合格をもらいながら、すべてのコーヒーをお客様に提供するバリスタになるまでさらに3~4年はかかってしまう厳しい世界。川﨑さんは店で取り扱う数十種類あるコーヒー豆の特徴を覚え、家に帰れば購入したエスプレッソマシーンで自主練習を繰り返しました。川﨑さんのまじめさ、コーヒーへの情熱が伝わってきます。
努力が認められバリスタとして勤務し、独立も視野に入れていた2020年。川﨑さんは東海村の公共施設内に出店するカフェ事業の公募を見つけます。
生まれ育った東海村の役に立ちたいと「カピアンコーヒー」の社長に相談し応募。数ある候補の中から見事選定を勝ち取り、起業への第一歩を踏み出したのでした。
いよいよ出店
時はコロナ禍。さらに新しい命を宿した状態での準備は、並大抵ではありません。しかし川﨑さんは迷うことなくこのチャンスに飛び込みました。
起業を応援してくれている両親、姉、夫の協力を受けながら、お店で取り扱う豆の選定、食器や家具の用意、内装工事関係者とのやり取りなど目まぐるしく時間が過ぎていきます。約1年の準備期間、そして母としての大仕事を終えた10日後、ついに「KUROMATSU COFFEE」のオープンを迎えました。
以前コーヒー関連の仕事をしていた姉やこれまで支えてくれた夫もオープニングスタッフとして参加し、混雑を想定したメニューを用意していましたが、当日は「歴史と未来の交流館」の利用者や地域の方が予想以上に殺到。その日だけで250人以上の来客があったそう。
接客は流れ作業になってしまったのでは? と意地悪な質問をしたところ
「オープン初日で慣れていなくて、お客様には迷惑をかけてしまいました。でも一組一組変わらず対応させていただきました」
と、真摯に向かい合ったそう。
営業を続けているうちに混み合う日もあれば、ほとんど来客がない日もある。選択肢を広げればお客様に喜んでもらえるかもしれない、とドリンクだけではなくケーキも販売しましたが、その結果が裏目に出て気づいたことがあります。
「ケーキを食べるために並んでくださるお客様はありがたいのですが、コーヒー1杯を求めている方が今日は混んでいるからと帰られてしまった苦い経験があります」
もともとコーヒーを提供したうえでケーキも食べてもらいたいという想いだったはずなのに、優先順位が崩れてしまい本末転倒だったと反省されたそうです。
自分がやりたいこととお客様が求めることのすれ違い。
ケーキの仕込みが間に合わず、なにもない状態でお迎えしなくてはいけないことも。
「『今日はケーキがないんですね。じゃあ帰ります』。そう言ってコーヒーを選んでもらえないあの瞬間は、なかなか苦しかったです」
悔しい経験から学んだのは引き算をすること。
・まずはコーヒーに集中する
・イベントなど混雑が想定される日はメニューをしぼる
・他のスタッフも作れるように、クオリティを保ちつつ簡略化する
現在はケーキの提供を不定期にし、ひとりひとりお客様へのホスピタリティを保つことを優先しているそう。
川﨑さんは試行錯誤を繰り返し、自身とお客様のギャップを埋める道を模索しています。
母としての想い
これだけお店に情熱を注いでいると家庭との両立が大変なのでは? と質問すると
「夢中過ぎて自己管理ができていなくて。これはもう両親、姉、夫、子どもに感謝ですね。最初はお店に集中し過ぎて母としての自覚がうすかったけれど、子どもの表情が出てくるようになると自分を母親として認識してくれて。自分は母なんだって改めて実感して。だからこそ子どもを抱っこして、1杯のコーヒーを求めてくれる親御さんの気持ちが分かるんです。『よく来てくれました! お疲れ様です!!』って」
気軽に立ち寄れるコーヒースタンド型(※立ち飲みやテイクアウトもできるコーヒーショップ)、そして広場や公園が近くにある「歴史と未来の交流館」に併設されているからこそ、散歩の途中やお子さんと一緒に気軽な服装で利用してほしいそう。
「家族、子ども、仕事。すべてタイミングが重なったんです。授かることがなければ、ここを利用する親御さんのことを理解できなかったかもしれない。今お店前の広場で発表会やイルミネーションをやっていますが、子どもたちがここで体験したことを、自身が親になった時にその子どもたちへ同じ風景を見せたいって感じるかもしれない。『歴史と未来の交流館』はそういう場所なのかもしれないです」
家族が飲んでいたコーヒーの香り、自分が食べたクリームソーダの味。いつか大人になってお店に訪れた時、イベントの経験とともにその記憶がよみがえっていく。
東海村で過ごした歴史と未来をつなぐお店。
「KUROMATSU COFFEE」で、川﨑さんは地域のお母さん的存在としてみんなを迎え入れてくれるのかもしれない。ふと、取材を通じて彼女の性格からそんなことを思いました。
地域に根差したお店を目指して、川﨑さんは今日もコーヒーを淹れ続けています。
▼取材・執筆担当者
花島 絵美/インタビュー・執筆
生まれも育ちも愛媛県。就職を機に上京し、「推しごと」に関わるお仕事に従事する。いろいろあって東海村に引っ越しし、茨城県の食と景色と主婦暮らしを満喫中。古墳もあれば世界最先端科学施設もある東海村の魅力にはまり「T-project/東海村スマホクリエイターズLab.」に参加。「最推し」である東海村をたくさんの人に知ってもらうため活動しています。
藤田慎司/インタビュー
冨永寧 / 写真
東海村出身の祖父や久慈浜出身の祖母から地域の事を聞いて育つ、10年ほど東海を離れていた時に「茨城」や「東海」の良さをより実感する。18年前に東海に戻り美容室を開業、それと共に商工会や東海まつり実行委員会など地域の活動にも参加。2010年解体前の旧白方小学校の見学会「一斉登校日」の実行委員長を機により積極的に地域の活動に関わりや繋がりを持つようになる。培ってきた経験などを新しい繋がりで活かせればとスマホクリエイターズLab.に参加する。
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