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【ファンタジー小説】優しい午後の歌/第三話「塔の噂」

 最上級のあいさつの仕方。食事作法。言葉遣い。もちろん、これまでも躾けられたことだ。しかし、ラウザーに全て、おさらいをさせられた。その上で国交のために重要な国の行儀作法まで。僕の頭の中は国と国との作法がもつれた糸のように絡まっていた。部屋のソファに倒れ込む。
 ラウザーには、さっきやっと下がってもらった。こんなだらしない姿は見せられない。僕はうつろな目で窓の外を見る。王宮の贅の限りをつくした飾り窓から月光がうすく差し込んでいる。灯りがついているのは、この部屋の入り口付近だけなので、静かな光が美しい。

 ここからは、あの塔がよく見える。しかし、遠くて塔の窓から内部までは見えない。じっと見ていると、心に何かが流れてくる。哀しいような、切ないような、何かが塔から静かな時の波のように押し寄せてくる。

 十歳くらいの年齢で、もう母と父の関係が冷めきっていることを知り、母の浅はかさと父の軽薄さを悟ってしまっていた。その時に、ちょうど王宮の庭師があの塔を指さして言ったのだ。

「塔はこの国が始まるより前に建てられたのですよ。塔の中は螺旋階段になっていて……ああ、ぐるぐる回って上に昇っていくやつですよ。上についたら見晴らしは良いでしょうねぇ。今となっては立ち入り禁止ですが」
「どうして立ち入り禁止なの?」
「いや、年代物で古いからでしょうかねぇ。かといってあれだけの物を壊すのは大変でしょうし、どうやらいわくつきでもあるらしいんで……」

「いわくつき?」

 僕がそう聞き返すのに、庭師は「じゃ、仕事がありますので」とそそくさと立ち去ってしまった。それから十年。僕はまだあの塔の不思議を解き明かせてないでいる。がばっと起き上がるとあの塔に行くのは今でもいいんじゃないか?と思った。父やラウザーが舞踏会で消える自分を放っておくはずがない。舞踏会前の準備で追われている今だからこそチャンスなんじゃないか……?

窓の掛金を外した。ラウザーに見つからないようにこの二階の窓から降りよう。塔へ今こそ向かおう。僕は窓を開け放った。

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