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家族の葬式で笑わせようとしてきた弟の話

私が6歳の時、祖父は船の上で亡くなった。
祖父は、私が「トイレについてきて」とお願いをすると、
いつもトイレについてきてくれた。
私は一人でトイレに行けなかったので、
いつもだれかにお願いをしていたのだが、
祖父だけは快く私のお願いをきいてくれた。

初七日をむかえ、親戚と、近所の方々が家に来て下った。
お坊さんが仏壇の前でお経を唱え、
それに合わせてみんなで読経する。
隣には4歳の弟が座っていた。
厳かな雰囲気のなか、私は初めてのお経を一生懸命、唱えていた。

幼いながらも、この状況が絶対にふざけてはいけないことも理解できていた。

弟はこの状況を理解できていたかどうかはわからなかった。
というのも、私に変顔をしてきたのだ。
何としてでも私を笑わせようとする態度だった。
親戚や近所の皆さんは、もくもくとお経を唱えている。

私は絶対に笑ってはいけないと必死にこらえた。
なぜ、この状況でふざけられるのだろうか。
祖父には一番かわいがってもらっていたはずだ。
私と弟のわがままを祖父はいつもきいてくれた。

祖父の死を受け入れられていないのか、
状況をまだ理解できていないのか。

4歳だからまだ仕方ない部分もあるのかと納得させつつ、
私は必死に笑わせようとする弟から目をそむけ、
お経本に目をやった。

小学生の頃、「自慢大会」という大会があった。
全校生徒の前で、自分の特技や、自慢できることを
ステージ上で披露する大会である。
この大会は、勇者である立候補した生徒のみがステージに立てる、目立ちたがり屋の大会と言ってもよい。
私は目立ちたがり屋だったので、迷うことなく立候補した。

私は弟に、

「(自慢大会に)でなよ」

と強く促し、弟も参加することになった。
当時、弟がよくやっていたものまねを披露したらどうかと提案し、弟は素直に私の提案を受け入れてくれた。

大会当日。

弟は、アニメ、ち○まる子ちゃんの「山田くん」のものまねと「江頭2:50」のものまねをして、全校生徒の笑いをとっていた。

私は何を披露したのかというと、母親が元日生まれであることを、ただ大きな声で叫んだだけだった。

当時、私は、1月1日に生まれた母親が、すごい人だと思っていた。
一年の始まりに誕生したなんて、とてもめでたいことであり、母親のことを誇りに思っていたのである。
これは全校生徒の前で自慢すべきことだと思っていた。

ステージにあがり、緊張が高まっていた。
全校生徒が私のことを見ている。
弟が巻き起こした大爆笑のように、
この場面でもきっと、どよめきが起こるだろう。
そう確信した。

「私の母親は元日生まれです!」

と腹の底から叫んだ。

場が静まり返った。

弟が笑いをとったという表現をするのであれば、
私はそのとき、大滑りをしたのである。


「え、どういうこと?」

「どんな自慢ですか?」

とでも言わんばかりの、冷ややかな声が聞こえたように感じた。

私は、どうやら自慢大会の趣旨を理解できていなかったようだ。


月日がたち、私が23歳の時、父が他界した。
家族の死は祖父の時以来だった。

父の葬儀の時、前方に母親、私、弟、祖母の順で座っていた。
会場に来てくださった方は、線香をあげ、お参りしたあと、私たち家族にむかって軽く一礼をし、帰っていく。

父親が死んだという現実が、わからなくなっていた心境の中、参列者の人間観察をしていた。
特徴的な動きをする人、線香のあげ方がうる覚えな人、
表情を作っている人など無意識で観察していた。
そんな脳内で、一礼していく参列者を見送っていたのだ。

もう立派な大人なのだから、絶対にふざけてはならない状況だと当然理解している。

ふと弟に目をやると、参列者のものまねをしていたのだ。

変わっていなかった。

絶対にふざけてはいけない状況で人のものまねをしているのだ。

祖父の初七日の時に笑わせてきたときは、仕方ないと
受け入れていた部分もあった。
しかし、さすがにこの状況が人を笑わせるタイミングではないことをもう理解できているはずだ。

弟の精神状態を疑った。
場をわきまえろ、と言うべきだった。

参列者のものまねをして、また私を笑わせようとしている。
彼の言動を疑いながらも、私は笑いをこらえていた。

参列者も帰って、葬儀がひと段落した。
そこで、少し休憩をとることになった。
みんな疲労感がたまっており、ほっとできる時間でもあった。

そこでも弟は参列者のものまねを家族に披露していたのである。
憔悴しきっていたはずの母親は笑っていた。

その時、私の思考は一変した。
人を笑わせるタイミングに良いも悪いもないということを。

それを機に、弟のポテンシャルに気づかされることになり、私は家族内で、でしゃばった言動を一切しなくなったのである。


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