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Vol.10「聞こえるとか…聞こえないとか…」音声の向こう側 編

【響け ~La mia voce~】ご覧いただき、ありがとうございます。
多くの皆さまに、興味・関心を持っていただけること、心より嬉しく思います。今後も引き続き、よろしくお願いいたします。

皆さんお待ちかねの「聞こえるとか…聞こえないとか…」シリーズ!!


今回は、Vol.10「聞こえるとか…聞こえないとか…」音声の向こう側 編をお送りします。



ある日の授業中の出来事


テスト前に練習問題に取り組むよう説明している最中、A君が急にしゃべりだしたのです。
A君:「せんせー今な、○○先生(担任の先生)が、くしゃみしたよ」。
私:「え゛ぇっつ? 隣の隣の教室にいるのに聞こえるの?」
A君:「聞こえるよ。だってな、めっちゃ、でっかいんやで」
私:「へぇー」

すると、「そやで、あれはうるさい」「うちのお父さんもなー(略)」等と、静かにしていた他の児童も口々にしゃべり出しました。
隣の教室で授業をしている先生の声が聞こえてくるのは分かるけど、又隣の教室から「くしゃみの音」が聞こえるなんて、私にとっては本当に不思議です。

一通りしゃべった後、「さぁ、やろうか」と言い、A君を見るとニコニコしながら、鉛筆を回ししているので、
私:「ところでさ、○○先生のくしゃみの音が聞こえたのはいいんだけど、今、何するかわかる?」
A君:「…… 」
私:「この問題解くの。私の話聞いてた?」
A君:「聞いていませんでした…」
私:「どういうことだぁーーーーーーーーーー」
…… 意味が分かりません(笑)
子どもたちといると、毎日、面白い発見や事件に出会えます。




別のある日の出来事…


ある日の1限目 。算数を教えている私は、教室で授業にやってくる児童を待っていた。
開始のチャイムが鳴ったのに、子どもたちが、なかなか来ないので、ドリルの採点をしながら待っていると、
「ちょっと、O先生(私)聞いてーーーーー」「本当にむかつく」と言いながら、男児が勢いよく入ってきた。
それに引き続き、他の児童も怒りながらやってきて、あっという間に私は8人程の子どもたちに、とり囲まれしまった。
「何?ただならぬ事件か?」と思い質問しようとしたが、私が口出しする間もなく、口々に話しだすので
「もー聞き取れんから、一人ずつしゃべって!話聞くから、いったん席に座りましょう。誰から話すの?」と問いかけると、A君が直ぐに手を挙げて立ち上がった。
「先生、ちょっと話聞いて」、A君が話そうとすると
「先生、ちょっと待って。ドア閉めるから」「漏れるとヤバいし」などと言いながら、B君が教室のドアや廊下側の窓を全て閉め出した。


B君がドアを閉めたことを確認すると、A君が直ぐにしゃべり出した。
A君:「先生、あのさー昨日の宿題、2組は音読だけやのに、1組は、漢字スキル2ページと音読と日記やって、1組だけ多すぎん?差別や」「それで、俺は腹が立ったから宿題してこんかったんさ」「でさー、朝、○○先生に“宿題多すぎー”って言って、机をドンってしたら、“うるさい” ってめっちゃ怒られてさ」
B君:「そう、おかしくない??」
と、一人がしゃべり出すと、すごい速さで周りの児童も口々にしゃべりだした。
私:「そんなに、怒られたん?」
B君:「みんなで言ったら、“もう宿題ださん。もうやらんでいい”って怒ったんさ」

B君:「いつもやったら、怒った後すぐ戻るん。いつもは、怒っても○○ちゃんが声を掛けたら、ふざけて“おはようございます”っていうのに、今日は言わんかったし。そのあと、予定の説明しとったけど、いつもと違った」
私:「そんなに怒る?どんな風に違ったん?」
C君:「間!」
私:「間 ⁉」
C君:「トーンが違ったよな。いつもと違った」「それに…オーラが違ったんさ。本気で怒ったかもしれん…」
私は、“オーラ”という言葉に、笑いがこらえきれず吹き出してしまったのだけど、子どもたちは真剣なので、最後まで聞こうと努めた。

B君:「1組だけ、宿題が多いのはおかしい!!!」
A君:「こう言うのは、誰に言ったらいいんかな?校長先生?校長先生に訴えたろー!」
と威勢よく言いながらも、廊下に声が漏れてないかを気にするという「宿題ボイコット事件」があったのです(笑)。
この後も、しばらく子どもたちの議論は続き、ふと時計を見ると授業開始から25分も経っていることに気づいた私は、急ピッチで授業を進めたのでした。



《 非言語情報のとらえ方》

これまでも、何度か「音声テクニック」「声」に関する内容を載せてきましたが、耳の聞こえる子どもたちと一緒にいると、言葉だけでなく、声色や表情などの「非言語情報 」から、様々なことを考え判断している場面に出会います。


「声」と「表情」に関する興味深い研究論文を見つけたので、しばしおつきあいください 。

日常環境で相手の情動を認知するとき,われわれは相手の顔の表情のみを孤立して利用するのではなく,,身体動作などから得られる情報も含めて,複数の手がかりを利用している.

【情動認知の文化差】
Yuki et al.は,顔を構成するから得られる情動情報の重みづけについて日米比較をおこなった.実験の結果,日本人目の表情に強く依存して相手の情動を認知することが示された.

Yuki,M.,Maddux,W.W.,&Masuda,T.(2007).
Arethewindowstothesoul thesameinthe EastandWest?Culturaldifferencesinusing theeyesandmouthascuestorecognizeemotionsinJapanandtheUnitedStates.Journal ofExperimental SocialPsychology,43, 303311.  

Ishii et al. は聴覚情報に着目し,話し言葉から情動を認知する際に,音声に含まれる言語情報と声の調子の相対的重要性について日米比較実験をおこなった.実験の結果,声の調子言語的意味の情動認知に及ぼす影響は日本人においてより強く,言語的意味が声の調子の情動認知に及ぼす影響はアメリカ人においてより強かった.

Ishii,K.,Reyes, J.A.,&Kitayama, S. (2003).
Spontaneousattentiontowordcontentversusemotional tone:
Differencesamongthree cultures.PsychologicalScience,14,39–46.


▪ 声 or 表情どちらを重要視する?


そこで、田中らは、非言語情報の中でも「声色」と「表情」のどちらを重視するかを探るために、日本人とオランダ人の子どもと大人を対象とした国際比較実験を行った。




▪ 日本人の聴者(健聴者)は、口形・口型を意識しない!?


聴覚障害者のSNSを目にしていると、
「聴者(健聴者)は表情が乏しい」
「会話中の聴者(健聴者)の口もとを見たら、口型が滅多にない。動かない。衝撃」
「難聴者 の口の動きは、聴者(健聴者)の口の動きよりも数倍 分かりやすい」

といった投稿を目にすることがあります。


上記の研究をもとに考えると、
日本人の聴者(健聴者)が、口よりも目見るよりも聞くことから情報を得ているのであれば、話す際に「口形・口型」意識しないというのは、少し納得できるような気がします。


《発音記号から見る母音の発音》

発音記号には、国際基準の国際音声記号(IPA)というものがあります。

母音や子音は、
▪  顎(口)の開き方
▪  唇の丸みの違い
▪  のどの位置
など様々な要素が組み合わさって、音質的な特徴が生まれます。

【 日本語の母音の発音】
日本語には「あ・い・う・え・お」の5つの母音があります。「あ」は、口を大きく開ける音です。「い」「う」は、口を狭くして作る音です。「い」は、口をあまり大きく開けず、舌の前のほうを高くします。「う」は、口をあまり大きく開けず、舌が後ろの方に引っ張られます。「え」は「あ」と「い」の中間の音です。「い」よりも少し大きく口を開きます。「お」は「あ」と「う」の中間の音です。「う」よりも少し大きく口を開きます。唇を丸めて突き出すようにして「う」を発音している人がいるかもしれませんが日本語の「う」は唇の丸めを緩めて、唇を前に突き出さないように発音します。

東京外国語大学言語モジュール『母音解説』https://www.coelang.tufs.ac.jp/mt/ja/pmod/practical/01-07-01.php


▪「日本語の母音」と「英語の母音」の比較


「日本語の母音」と「英語の母音」を比較すると、英語の母音は(中央のものを除いて)大きく前後上下に離れて分布しているのに対して、「日本語の母音」はすべてそれより中央よりに分布しています。

【引用・参考】英語で悩むあなたのために『発音記号について』http://roundsquaretriangle.web.fc2.com/new/02_02.html

つまり、
日本語の母音は、顎の動きがあまり極端ではなく、口の動き小さめに抑えられた中で発音されるのに対して、
英語の母音は、日本語よりずっと狭い口の開きから、もっと大きな口の開きまで使い、口のもっと前方や奥の方でも発音されます。


パンフレットや啓発ポスターなどに記載されている、聴者(健聴者)から行う聴覚障害者への対応の仕方の一例に
「口を大きく動かして(口形をつけて)、ゆっくり、はっきり、大きな声」で話してほしい、との一文を見かけますが、これは簡単にできそうで難しいことなのかもしれません…
そして、ムリな口形・口型をつけると言葉の「明瞭度」が下がる可能性があることを、頭の隅に置いておく必要がありそうです。


「聞こえる人」が音声言語を用いたコミュニケーションの最中、他者の感情を読み取る際に、国によって違いがある結果となりましたが、聴覚障害がある(日本人は)場合は、口と目、見ることに重きをおいて情報を得るわけですから、国による情報判断の文化差があるのか、ないのか気になるところです。

《 感情を読み取る力の変化 》

感情を読み取る力は、年齢によって違いがあるようで、声色と表情が矛盾している場合、5~6歳の子どもは主に表情で判断し、7~8歳以上になると徐々に声色も重視するようなる。
乳児期に聴覚が先に発達した後に、視覚が追いつくように発達し、児童期になると再び聴覚が視覚に追いつくように発達するというように、感覚は互いに競い合いながら発達していくことが明らかになっています。

山本寿子・河原美彩子・田中章浩(2018).児童における視聴覚感情知覚・音韻知覚時の顔への注視パターンの発達,電子情報通信学会, Vol.118, 61-64.


▪ 聴者(健聴者)と聴覚障害者の情報のとらえ方

聴覚障害児の学力が 9歳あたり で停滞する現象を示す用語として、「9歳の壁」という発達の節目が存在します。
「言葉の理解」「抽象的な概念の理解」に困難が生じ、高学年になるにつれ 人間関係の形成 が難しくなるのは、この目には見えない「声・言葉の向こう側」読み取れないことも影響していると思います。




《音声によるコミュニケーション》

最後に「コミュニケーション」について、日頃私が感じていることを…
私にとって、音声によるコミュニケーションは、
「声という目には見えない筆記具を用いて、青い空に書いた(描いた)ことばを、自分のキャンパスに転写しあいながら、お互いの考えを共有することで成り立つもの」だと考えます。
そして、キャンパスに描いたものは、後に文集やアルバムとなって人生を彩るものになるような気がします。


傲慢ですが、私は「人の心に伝えたいことを直に書けたら…」と思うことがあります。
しかし、伝えたことを自分のキャンパスに描きたいと思うか、描き写すかは個人の自由ですし、仮に描いたとしても、描いて見せたものと同じでなかったり、色や形を都合よく描き変えて写したりするかもしれない。
また、相手が自分と同じ筆記用具を持ち合わせていない、描きたいけどキャンパスが小さくて全て描きとれない、描き方が分からない、描きとりに時間がかかるといったこともあるかもしれません。
だから、コミュニケーションに食い違いが起こるのでしょうし、描いて示す時には、使う筆記具や技法、色の使い方、描くための時間の調整といった工夫・配慮が求められるのでしょう。

そして、「声」は、そのによる意味だけでなく、イントネーションリズム、大きさ、速度、性質などによって、さまざまな情報を伝えています。それらの使い方によって、そこに内包した情報が全く異なってきます。

人の声は、人それぞれに色合いが異なります。
音声テクニックを豊かに用いた声からは、「温かい、寒い」「優しい、冷たい」という感情声の形が感じられます。

しかし、一般的な人の声から、それらを読みとるのは、すごく難しい。なぜなら、そんなことはどこにも「書いて(描いて)ない」からです。
そして、単色だったら分かる色の名前が、何色もあわさったオリジナルの色となると、色の名前が分からず、言葉で表現してと言われても、どのように伝えたらいいのかとても困るのです。

自閉症スペクトラムの方は、「声の読み取り」つまり、色(そこに付された感情)を読み取ることに苦労しているように思います。
脳の機能障害ゆえに「空気が読めない」、「言葉を伝えた通りに受け取る」特性があり、音声でコミュニケーションをとる必要がある時は「短い言葉で」、「具体的に」伝えることが有効な支援方法の一つとしてあります。

感情を入れず(色を付けず)に、モノクロで伝える。そして、伝える言葉の量が多いと、何が大切か分からないから、なるべく短い言葉で伝える色(感情)に関わる情報は、別の言葉におきかえて伝える
…それは、聴覚障害児者とやり取りをする時に、似ているような気がします。


今回は、ここまで…
読んでいただきありがとうございました。