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小説「Webtoon Strokes」5話

この世界は、生を受けた瞬間からその不平等さを突きつけるものだ。

作家"poncho"として知られる高山美波は、その不平等の頂に立つような環境で育った。彼女は裕福な家庭の愛情の中、高い教養を身につけ、天使の如き容姿を持って生まれた。周りの人々は彼女に対して、常に暖かい視線で接してきた。その恩寵は、美波にとっては天からの恵みのようなものであり、彼女はその全てを無邪気に、そして当然のように受け止めてきた。

彼女の20年の人生は、世界がどれほど自分に優しいものであるを証明するものだった。

美波は子供の頃から漫画好きであった。親から与えられた漫画のページをめくる度、彼女はその中の美しいヒロインと自らを同化させていた。しかしその中の困難や試練は、彼女にとっては現実離れした物語の中のスパイス、エンターテイメントの仕掛けのように映った。自分の人生において、その様な不可抗力は存在しないからだ。

ある日、SNSのアカウントを開設し、彼女の姿をネットに載せた瞬間、無数のフォロワーが彼女のアカウントに集まった。一行程度の平凡な日常の囁きに、数百といういいねのマークが付き、ネットの世界でも彼女には賞賛が与えられた。ある日の何気ない閃きで、彼女が愛猫との生活を題材とした手描きの漫画を投稿した。その漫画は大げさな筋書きも無く、緩やかな筆致で描かれていたが、それがフォロワーにとっては好意的に映り、あっという間にネットでバズって話題となり彼女の人気に拍車をかけた。

そんな、ある日彼女のSNSのダイレクトメッセージに通知が来た。それは、クリエイターを束ねるマネジメント会社、Infiniteからのものだった。その名の下には、映画界の有名若手監督たちや一流の脚本家、広告映像の職人たちが名を連ねていた。会社のホームページには、極上のデザインとアーティストたちの肖像が、高級感に満ち、洗練された雰囲気で展示されていた。

「またきたか・・・」

美波の日常は他者の賞賛の中にあった。Infiniteという名の事務所から手を差し伸べられるのも、彼女にとっては次の一歩として当然と感じられた。彼女の未来には、更なる評価や大舞台が待っていることを彼女自身が一番よく知っていた。そして、その流れのまま、彼女はInfiniteへ所属することに決めた。

その後Infiniteのプロデューサーからの指名で、名高いアニメやドラマの脚本を筆がけたものの、それらは一度きりの単発の仕事が多く、暫くすると静かに消えてしまった。

「何故だろう、私の作品が支持されないわけがないのに・・・。」

彼女は戸惑いを感じた。そんなある日、ウェブトゥーンの業界から彼女へのネーム制作の依頼が舞い込んだ。彼女は日常でもスマホでウェブトゥーンは読んでおり読者として馴染みがあった。愛読していたウェブトゥーンは、洗練された絵と、西洋の美しいドレスや宝飾が描かれており、彼女の心の中に眠るお姫様願望をかき立てていた。

「これならきっと書けるわ。」

美波は迷いなくその仕事を引き受けた。アニメの仕事で鍛えられた絵コンテの技術は、ウェブトゥーンの縦スクロール形式とも共通するものがあったと彼女は感じた。彼女は、提供された原作小説のページを繰りながら、一話の輪郭を形成していった。ネームが完成し、それをInfiniteの玉木プロデューサーの元へ届けたことで、彼女の役目は一時の休息を迎えた。彼女は自分の仕事に満足し、その反響を想像しながら日々を過ごした。

一方、玉木はそのネームを目にした瞬間、重いため息をついた。彼は大手の映像や出版界での多彩な経歴を背負い、エンターテイメントの業界に多数の繋がりを持っていた。漫画やウェブトゥーンの直接の仕事経験は彼の履歴にはなかったが、作品の魅力を見抜く眼は確かに持っていた。

「これは、どうかと思う…」

彼の目を通す作品には、何かが欠けていると感じられた。Infiniteという集団は一見すれば多彩なクリエイターの才能を結集しているように映る事業ではあったが、その実は別の真実が隠されていた。

それは元々この集団が、映画界の新星・赤城敬祐監督を中心に作られた会社であり、その才能をより魅力的に見せるため、他のクリエイターたちはあたかも装飾のように、会社のイメージを高めるためだけに所属していたのだ。

彼らを選ぶ基準は、美貌や学歴、そして賞歴などの外部的な価値が中心であった。会社の利益も、赤城監督が生み出すヒット作品がI収益の中核を成しており、他のクリエイターたちの作品に関する関心は、プロデューサーたちの目からは遠ざかっていた。

玉木の眼中に、高山美波は若干の才能と端麗な容貌、そして高学歴の背景を持つタレントの1人として映っていた。初めから彼の期待は、彼女の創作の深みや技巧に向けられるものではなかった。

しかし、この美波の作品を仮にもInfiniteのブランド作品としてクライアントに出して良いものか?

その考えを纏め上げる前に、玉木の携帯が静かに響き渡った。電話の向こう側は、大手映像会社の重役からの緊急の声。彼からの要請は、すぐさま打ち合わせを持つこと。

ウェブトゥーンの小さい仕事にかけている時間はない。

彼はすぐさま行動に移り、美波の作品を手早くメールでコミックアングルの木村へと転送した。