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小説「Webtoon Strokes」7話

スマートフォンで縦にスクロールさせつつ読んでいくウェブトゥーンには、読者の指を引き止める力が求められる。楓はその秘密を知りたく、ネームの研究を始めた。彼女が感動を受けた作品の作画やコマ割り、それらの背後に隠れた意味を追い求めながら、模写を始めた。これは過去に読んだ漫画指南書に記されていたネーム学習法だった。純粋に観察するだけでは作品の奥深さに触れることはできない。そこで、楓は「模倣」が真の「学び」への第一歩であると悟った。西洋画の素描同様、自らの手で描き出すことで、コマの構成やキャラクターの感情、テキストの量、そして間の取り方といった、読むだけでは気づかない細かな表現の奥行きが見えてきた。

そこには、物語をどのように効果的に読者に伝えるかという魔法のような技巧が隠されており、その中にウェブトゥーンの文化独特の表現方法が詰まっていた。

横読み漫画の形式を元に創作して来た楓が、新たな表現であるウェブトゥーンのネームを学び直す事になった。彼女は好きな作品をチョイスし、数日の間眠ることを忘れ模写に没頭した。その結果、ごく僅かな作品を描いただけであるにも関わらず、ウェブトゥーンの世界の詳細が以前より驚くほど鮮明に感じられるようになった。しかし、この学びはウェブトゥーンの形式を理解する為の基石に過ぎず、オリジナルの作品を生み出す為には、この基礎をどう応用するかが問われる。

そんな作業の中、楓の心は遠い日の思い出へと飛んだ。10代の頃、まだ漫画を一コマも描けなかった自分が、密やかに漫画の指南書を読み込み、好きな作品に近づける様に筆を動かしていた日々。彼女は世界に名を馳せる漫画家になることの夢を抱き、未来への希望と絵を描く事の楽しさに満たされて無我夢中で漫画を描き続けていた。それは、紛れも無い彼女の青春の瞬間であり、二度と戻らない、けれども心の中でいつまでも輝き続ける宝物であった。

それから年を重ねた楓の身の回りには、かつての純粋さとは異なる、現実の見えざる鎖が静かに巻きついてきていた。かつてのイノセントな自分とは違う。彼女は今、変わりゆく自分を受け入れ、新しい創作の技術を身に付けなければならなかった。

彼女は目を閉じ、耳を塞いだ。目の前の一つの創作、その為だけに存在するかのように彼女は集中した。楓の歩むべき道は、もう既に定められていた。