窓際席のアリス様 #37
「こっちこっち!」
悟の呼ぶ声に慎之介は気づき、そちらへと駆け寄った。
いつもの平日であれば閑散としているゲームセンターも、夏休みとなると、ワルに憧れた中学生がたむろし、思いのほか賑わっていた。
「慎之介!来てくれてありがとう!」
「おう!バイト終わりか?」
「うん!前にプリクラ撮りに行った時に、こっちのゲーセン行こうって梓うるさくて」
悟はため息をつく。
そんなため息をかき消すほどのボタンの連打音が、悟と慎之介の居座る格ゲーの席から鳴り響いた。
「おいおいそれはねぇぜ悟!おめぇだってこっちのほうが好きだろ?」
そこには、もはや格ゲーの狂人と化した梓の姿があった。
ボタンを連打するその指が跳躍し、コントロールキーがF1レーサーのギアチェンジ如く激しい音を立てている。
ゲーム画面には「YOU WIN!!」と表示され、「いえーい、ざまあみろ!!」と梓がガッツポーズをした。
向かいで対戦していた中学生は「くそ!なんだこいつ!」と悪態をつき、負けた罰として掛け金の千円を手渡した。
「おいおい、中学生から金を巻き上げんのかおめぇわ」
慎之介は呆れた声を出す。
「何言ってんだ?わざわざ私をナンパして、勝ったら乗ってやるよって言ってボコボコにしたんだぜ?ここで金でも巻き上げなきゃ、こいつらのプライドはズタズタのボロボロで一生童貞のままかもしれなかったんだ。そんなこいつらの未来を憂れいた尊い行為だと言ってくれよ神木慎之介くん」
「何言ってんだお前は。つらつらと丁寧に言いやがって。負けてたらどうしてたんだ?」
「負けたら?負けたら、悟に助けてもらうつもりだった」
立ち上がった梓は、悟の右腕に抱き着き、耳元で「悟だったらいつでも私の初めてあげていいんだよ?」と囁いた。
その言葉の吐息に、悟の背筋が硬直する。
目の前でその様子を見ていた中学生は「くそ!」とゲーム台を拳で叩き、慎之介は大きなため息をついた。
「とりあえず疲れたから休憩したいな。さっきの金でアイス食おうぜ」
そういって梓と悟と慎之介は自販機の前へと移動した。
見慣れた赤い自販機の間に挟まれ、トゥエンティーアイスの自販機が色鮮やかなアイスの絵を表示している。
お金の入れ口に千円札が吸い込まれ、選択ボタンが赤く表示される。
それぞれ、悟はショコラチョコチップ、梓は抹茶、慎之介は期間限定の桃まるごとシャーベットを選んだ。
近くのベンチに座り込み、3人同時にアイスのパッケージを開けた。
「慎之介は女の子みたいなもの選ぶのね」
梓がくすくすと笑う。
「うるせー、お前だってじじいなもん選んでんじゃねぇか」
慎之介は梓のからかいを他所にアイスにがぶりと噛り付く。
そんな言い争いを横目に、悟は小さくアイスを頬張った。
「あ、悟の美味しそうじゃん!私のもあげるから一口ちょうだい?」
梓はそういうと、悟が「いいよ」という言葉を発する前に、彼の手に持ったアイスに顔を近づけ、悟が口をつけた場所にわざと噛り付く。
「んー!美味しい!やっぱり悟が食べたからかな?」
梓は怪しく舌舐めづりをする。
「そんなわけないだろ!」
悟は顔を赤くしながら、梓へと声を上げた。
「俺も一口いいか?」
慎之介が横から、悟に向けて自分の食べているアイスを差し出す。
「うん、いいよ。じゃ、慎之介のも貰うね」
そういって、慎之介から差し出されたアイスに悟が齧り付く。
それをじっと慎之介は見つめていた。
美味しそうに悟はアイスを食べるが、慎之介の視線に気づき「どうした?」と首を傾げる。
「あ、いや、なんでもない。悟のアイス美味そうだなって思っただけだよ」
「そう?じゃあ、はい!」
そうして悟は慎之介に自分のアイスを差し出した。
慎之介はその差し出されたアイスに噛り付く。
確かにそれはチョコの味だったが、梓の言う通り、そのアイスには不思議と感情が甘酸っぱくなるような味がついていた。
あながち、梓が言っていた「悟が食べたから」というオプションは慎之介にも効いたようで、思わず舌舐めづりをしそうになったが、理性でそれを留めた。
アイスも食べ終わり、適当に駄弁ったところで、時刻を見るとすでに20時を回っていた。
「そろそろ疲れたし、帰ろっか」
悟がベンチから立ち上がり、帰り支度を始める。それに合わせるように、梓と慎之介も立ち上がり、ゲームセンターを後にした。
「じゃ、夏祭りでな!」
梓はばいばいと手を振り、葉月駅へと歩いて行った。
「俺たちも帰るか」
悟は自転車を押しながら歩き、慎之介はその反対側で並んで帰り道を歩いて行った。
「なぁ、悟」
「ん?どうした?」
「変わったな、お前」
「そう?」
「なんていうか強くなった」
「そんなことないよ。ちょっとだけ頑張っただけだよ」
悟は照れ臭そうに頭を掻いた。
その様子に、慎之介は微笑ましくも思いながら、少しづつお互いの距離が離れていくのをかすかに感じた。
「そういえば、こうやって慎之介と2人で帰るの久しぶりだね」
「そうだな、いつもは恵がいるしな」
幼馴染として過ごしてきた悟と慎之介と恵はいつも一緒であった。
3人は幼稚園も、小学校も、中学校も、なんだかんだでずっと一緒に居た仲であり、3人でない状況というはあまりなかった。
いざ2人きりとなると、そこに不自然な凹みのようなものが出来て、お互いがむず痒い感覚を覚えていた。
「お父さんとはどう?」
唐突に悟が慎之介に聞いた。
「いや、うーん。まだ慣れないかな」
「そっか。やっぱり難しいよね」
悟は慎之介の心情を汲み取るように項垂れた。
その姿に、慎之介は心の中で「心配かけてすまん」と呟いた。
慎之介は再婚相手の父のことが嫌いというわけではなかった。
だが、子供のころに母親を取られたという思いを引きづったまま成長してしまったおかげか、この歳になってもなお、反発心だけが彼の中に残ってしまい、これを解消する術を彼は模索し続けていた。
結局、行きつく先は「素直になること」という答えであり、それが最も難解なことであるということを、慎之介は逃避しながらも、はっきりとそれを認識していた。
「それでも慎之介ならできると思うよ。だって、全然関係なかったのに、俺と一緒に頭下げてくれたじゃん。あんなこと、普通なら出来ないよ。すげえかっこよかったよ」
悟は笑いながら「あの時は本当にありがとうな」とお礼を言った。
その顔を見た慎之介の眼がしらに何か熱いものがこみ上げる。
あんな土下座姿をかっこいいと言ってくれるのはこの世で悟ぐらいだろう。
だからこそ、慎之介はそんな自分にとって大切な人を裏切るわけにはいかなかった。
「ありがとな、悟。俺も少しだけ頑張ってみるよ」
「大丈夫だよ慎之介なら!だって俺の憧れだもん」
悟のストレートな言葉が、慎之介の心にぐさりと刺さる。
何度も普通とは違う自分の恋愛感情を否定し、深い友情なんだと自分自身を騙し続けてきたが、その葛藤も愛すべき人への好意の再確認であり、今更になって、ああだこうだと思い悩むのは無駄な行為なんだと悟った。
素直になれない自分が嫌いだ。
慎之介は夜空を見上げた。
夜空には夏の大三角形が光り輝いている。
空いた慎之介の右手は悟までの半径25センチという距離を彷徨い続け、その指先はもどかしく愛を囁いていた。
(つづく)
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