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【短編④】言葉は脆く、されど踊る。

 その瞬間、私はベッドで目を覚ました。
 窓の外ではチュンチュンと小鳥が囀り、スマホはすでに充電が切れていた。
 仕方なく、ベッドの上に置いてある時計を確認すると、時刻は7時13分を表示していた。

 あの夢は最後の私への見切りだったのだろうか。
 それとも私自身の願望が生み出した妄想だったのだろうか。

 そんなことが頭の中をぐるぐると旋回し、私の脳みそを掻きまわす。
 その煩わしさを取っ払うために、脱衣所へ向かい、服をすべて脱ぐと、風呂場のシャワーの蛇口を全開に捻り、多めの水量で体を洗い流した。

 美佳のことで頭がいっぱいになりながらも、シャワーを浴び終わると、もう一度ベッドに横になった。
 今頃になって美佳の夢を見るだなんて思いもみなかった。

 美佳は私の元恋人だ。
 それももう3年も前の話になる。

 彼女は会社内でも美人で、社内のみならず、社外でも噂になるほどの女性であった。
 私は彼女よりも4年ほど前に営業職としてこの会社に入社し、事務職として彼女は私の元についた。

 あの頃の私は社内で1番の営業成績を取り、同期の中でも最も早い出世を遂げていた。
 同じ仕事をするという環境の中で、私と美佳はコミュニケーションを取るようになり、いつしか恋仲にまで発展した。

 あの頃が私の幸せのピークだったのかもしれない。
 私と美佳が付き合い始めてほどなく、会社内で異変が起こり始めた。

 私のデスクのものが紛失するとか小さなことであったが、次第にその規模は大きくなり、いつしかネット上に悪評まで載っけられるようにまでなっていた。

 だが、深刻な問題となったのは、私と美佳の関係であった。
 美佳は社内で流れた事実無根の私の悪評を、人伝に毎日のように聞かされ、ついには病んでしまい、休職願を出してしまった。

 私が何度もそんな噂は事実無根だといっても、それを簡単に信じることなど出来ず、ついには拒絶されてしまった。
 そしていつしか連絡もとれなくなり、あっけなく私と美佳の関係は終わった。

 その後、美佳は職場に復帰することもなく、会社を辞めた。
 それからのことはいまいちわかっていない。
 美佳がどういう仕事に就いて、どういうことをしているのかはもはやSNSの更新記事でしか知ることができなかった。

 美佳が職場を辞めると、忽然と私への悪評が消えた。
 だが、それまでに傷ついた私の心は立ち直ることが出来ず、それも影響してか、みるみるうちに営業成績も落ちていった。

「残念だったね。美佳さんがいなくなって」
 そんな言葉を投げかけた男がいた。

 それは水木係長であった。
 不敵な笑みを浮かべたその顔は、人を心配する顔なんかではなく、人を見下す目つきをしていた。

 犯人は間違いなくこいつだ。
 私は証拠を持っていないかったが、直感でそれを感じた。
 噂の出所を調査していくと、やはり行き着いた先はすべて水木係長へと繋がっていた。

 美佳は美人で、社内外で人気があったためか、付き合った私への嫉妬心がどこからともなく生まれ、美佳と私の恋愛を良く思わない人たちが仕組んだ事であったのを突き止め、その主犯格が水木係長であった。

 私は感情のままに、水木係長を問い詰めたが、ふらりふらりと躱され、むしろ私が水木係長へ暴力を働いたとして、総務課から厳重注意を受けた。
 ふざけるなという思いが込み上げてきて、その場で暴れまわろうかとも思ったが、理性がそれを止め、「申し訳ございませんでした」と私は下げたくもない頭を下げた。

 その事件が発端となり、私は嫌がらせを受けるようになる。
 通さなければいけない書類が通らず、取引担当である顧客は裏から悪評を流され、挙句の果てには提案すべきプレゼン資料が勝手に修正され、皆の前で恥をかかせられるなどのようなこともされた。

 それでもこの会社を辞めなかったのは、美香が職場から去ってしまった本当の理由を知るためと、あとは微かに残ったこの会社へのしょうもない恩義を感じていたからだ。

 ベッドでそんな過去の走馬灯に耽っていると、いつのまにか私は入眠していた。
 2度目の起床はすでに13時を回っており、憂鬱でありながら晴れ晴れしい土曜日は半分以上の時間が経過していた。

 寝ていても腹は減るようで、冷蔵庫を開けてはみたものの、何度見てもその中身は空のままだ。
 私は仕方がないと、膝の白くなったジーパンとと着慣れた黒いTシャツに着替え、ふらりと外へ出かけた。

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