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窓際席のアリス様 #28

 ※暴力描写がありますので、苦手な方はブラウザバックをお願いします。

 その音に、部屋の時間が止まる。
 一体だれがこの部屋に入ってきたんだというんだという混乱が男たちに生じる。
 そして、扉が勢い良く開き、飛び出してきたのは、金属バッドを持った慎之介であった。

「てめぇらああああああああ!」

 彼は金属バッドを振り回し、最初に目についたタブレットを破壊する。
 そしてあとを後続するように悟が飛び出し、一直線に詩へと向かう。

「おい!なんだお前ら!」

 叫んだ男が慎之介に手を伸ばすが、金属バットは振り向きざまに回転しながら振り抜き、その男の右手についた指三本を折り曲げる。
 その光景を見た2人が、マズい状況だと察知し、拳を握りしめ挟み撃ちをするように振りかざす。

 それにすかさず慎之介は反応し、右側にいた男の脇腹に胴打ちをするようにバッドを直撃させる。
 その男はあまりの衝撃によろめき、息を止める。
 だがもう一方の男の拳が、慎之介の頬へとあたり、勢いのまま吹き飛ばされた。

「くそが……!」

 右指が折れた男が息を切らしながら、左手を握る。
 慎之介は背中を強く壁に打ったせいか、鈍痛を感じるが、アドレナリンが溢れ出した脳内は、もはやそれを感じる隙すら与えない。
 慎之介は2人の男に鷹のような鋭い目つきをした。

「詩……!」

 悟は詩へと突っ込むが、そこには男が一人、彼を待ち構えている。
 その手にはいつの間にバタフライナイフが握られていた。

「へへへ、ほら、やってみろよほら」
 その男はよだれを垂らしながら、ゆらゆらとナイフの刃先を揺らし、挑発している。
 悟の心臓は緊張でバクバクと音を立てるが、ここで自分が逃げてしまえば、誰も救えずにお終いになると、後ずさろうとする足に無理やり力を入れ、そして静かに息を吐いた。

 悟はゆっくりと拳を握り、体の重心を落として、半身の体勢を取る。
 集中は無意識の域に達していた。
 幸か不幸か、彼の中にある闘争本能は途中で辞めてしまった空手が染みついていたのだ。

 男が興奮したまま、ナイフを振り回す。
 右に左にと雑な袈裟切りが悟へと襲い掛かるが、足一つ分の間合いを上げながら、半身をずらしてその刃先を悟は避ける。

 体格に恵まれなくとも、6年間続けてきた空手の足運びは、素人のそれとは比べ物にならず、男がナイフを3振りしたところでバテ始め、悟のお腹めがけ突きを狙う。
 その突きは繊細を欠いた無理やりで乱暴なもので、ナイフを突き出した右腕を左の脇腹と左腕で掴み、男の鳩尾に膝蹴りを一撃入れる。

 柔な男の体はその衝撃をもろに受け、「うっ」とうめき声をあげる。
 すかさず左腕に力を籠め、男の右腕を圧迫すると、その手先が一瞬麻痺しナイフをぽとりと落とす。
 それを見計らった悟は、両腕で男の首の後ろに手を回し、男の口と鼻をめがけ、もう一度膝蹴りをいれた。

 あまりの痛さと衝撃に、男は床へと転び、そしてピクリとも動かず気絶する。
 悟はすぐさま詩へ駆け寄り、自分の着ていたジャージを詩へかけると、そのままお姫様だっこをした。

「安心して。ここから逃げられるよ」
 自分たちは絶体絶命だというのに、悟の口からは優しい言葉が漏れ出た。

 恋とは狂おしいほどに人を変えてしまう。
 そこに、膝を抱えて泣いてばかりの弱い悟はどこにもおらず、今はただ腕の一本無くしたとしても、必ず彼女を助けるという信念を持った強い悟が立っていた。
 詩は悟の透き通ったその目に青い炎を見た気がした。

「悟くん―――」

 詩が悟の名前を呼ぶ。
 悟が詩のほうを向いた途端、彼女は左手で彼の顔を引き寄せ、そのまま唇にやさしくキスをした。

「ここから、連れ出して」
 その言葉に、悟の心が一気に燃え上がる。

「慎之介!!逃げるぞ!」
 悟は慎之介のほうを見ると2人の男との間合いを計っている。
 男の手にはやはり先ほどの男と同じくバタフライナイフが握られていた。

「おっけい、じゃあ待ってろ!」
 慎之介はふぅと息を吐くと、バッドを中段に構える。
 彼の体格は男たちよりも一回り大きいせいか、素人の構えであっても、彼らを威圧させた。

「―――喝!!!」

 慎之介が静まり返った空気を破裂させるように、が鳴り声を上げる。
 男たちは予期せぬ声に動揺し、硬直する。
 その硬直の瞬間を慎之介が見逃すはずもなく、先ほど彼を殴った男めがけ金属バットを振りかぶり、ナイフを持った右手もろとも叩きつけた。

「―――――!!」
 男は声にならぬ悲鳴を上げ、ナイフを床に落としたまま、折れ曲がった指を押さえて膝から崩れ落ちる。
 もう一方の男の右手の指は赤紫に変色しており、利き手でないであろう左手に握ったナイフはプルプルと震えていた。

「いくぞ悟!」

 慎之介は詩を抱きかかえた悟を庇いながら男を牽制し、悟がエレベーターに乗り込んだのを見計らって全速力でエレベーターへ駆け込んだ。
 男が追ってくることを懸念したが、それは余剰な不安だったようで、男はただ茫然と部屋に立っている姿が閉まるエレベーターの扉からちらりと見えたのだった。

 1階へ着くと、そこにはパトカーが1台、入り口前に停車しており、目が眩むほどに赤い警報灯を回している。
 数人の警官は悟たちの姿を見るなり、慌てて駆け寄り、「助けてください!」と叫んだ。

 警官に早く中へと誘導され、3人はタクシーの中へと入った。
 するとその窓をコンコンとノックする者がおり、そちらを見ると、そこには千葉の顔があった。
 運転席にいる警官が窓を開ける。

「おう、傷だらけだな。病院行くか?」
「いや大した怪我じゃねぇけど……」

 慎之介はちらりと悟と詩の姿を見た。
 悪夢から覚めた緊張からなのか、もはやその2人の顔に余裕というものはなく疲れ切った顔をしていた。

「とりあえず着替えと休める場所が欲しい。千葉さんなんとかできるか?」
「おう。そしたら大人しく車乗っとけ」

 千葉はそういうと運転手のほうへと回り、なにやらこそこそと指示を出した。その間、悟には強烈な眠気が襲った。

 ふと、隣で寄り添う詩を見ると、すでに寝息を立てて眠ってしまっていた。その姿に安心し、悟もまた夢の世界へと落ちていった。

 2人の手はお互いを結びつけている。
 運命を絡ませるように指を繋ぎながら、手に知れた安心を手放さないようにと力強く握られていた。

(つづく)


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