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時織りの手紙(6)

令和3年9月1日

この日、暁人は珍しく朝7時に起床した。
夏休み中の大学生と言えば、お昼ごろまで寝ているのが普通で、暁人も漏れなくそれに該当しているが、今朝は気がきもなく飛び起きてしまった。

彼は2階の自室から下のリビングに降り、すぐさまテレビをつける。
朝のニュースでは、昨日起こった高速道路の交通事故、詐欺事件、傷害事件と、タイムラインの更新のように立て続けに読み続けている。

「あら、めずらしいわね。早起きなんて」
彼の母は、朝から慌ただしくキッチンで朝食の準備をしていた。
ちょうどこの時間は父の出勤時間で、廊下の奥にある洗面所ではバシャバシャと水で顔を洗う音が聞こえる。
「う、うん」
暁人はぎこちなく頷いた。

アナウンサーが次々にニュースを読んでいく中で、「防災の日」のニュースが取り上げられていた。8月30日から9月5日までは防災週間とされていて、各地の防災訓練の様子や、防災グッズの揃え方など、一つ一つ丁寧に説明されている。
科学技術が発展したからこその被害というものもあり、災害意識の重要性というのは昔と変わらずにいる。

「あぁ、今日防災の日だったわね」
母は父の慌ただしい出勤の手伝いを終え、食卓に腰を下ろした。
パンの焼けた香りが暁人の鼻をくすぐり、それに誘われるがまま食卓についた。

「そういえば、おとうさん、防災の日になるとずっと昔話してたなぁ」
母は懐かしむように昔を思い出し、頬杖をついた。
「昔話?」
「そうそう。それもへんな話なんだけどね」
「変な……話?」
「おとうさんのおじいちゃんっていう、もうずっと昔の話なんだけどね。ちょうど関東大震災の被災者だったらしいのよ。たまたまそのおじいちゃんは生き残ったみたいだったんだけど、結構不思議なことが起こってたみたいなの」
「不思議なこと?」
暁人は首をかしげる。

「そう。そのおじいちゃんのね、奥さんの話なんだけどね。ちょうどその震災の日に田舎に帰っていたみたいで、一命を取り留めていたらしいのよ。家も全焼してたから、奥さんの幼馴染だったおじいちゃんはてっきり死んでしまったもんかと思ってたらしいけど」
「それのどこが不思議なの?たまたまじゃないの?」
「普通田舎に帰るって、お盆か正月じゃない?それにその奥さんはお盆の時期に帰ってたばかりなのよ?だからおじいちゃんは聞いたんだって。”どうしてこの日だけいなかったんだ”って」
母の言葉にだんだんと耳が澄まされる。テレビの音が次第に小さく聞こえ始め、心臓の音が大きく鳴っていくの感じた。

「そ、それで?」
恐る恐る暁人は母に聞いた。
平静を装ってはいるが、彼の手の平には汗がじんわりと滲み出ている。

「”未来からのお告げ”があったんだって。なにそれって思ったらしいんだけど、それがまた不思議でさ。未来から手紙が届いて、知らせてくれたんだって。不思議よね。最近、そんなアニメ映画やってたみたいだけど、本当にそんなことがあるなんてね」

母の言葉に心臓が締め付けられた。
その手紙の主は、間違いなく僕だと暁人は直感した。
生きていた、生きていたんだ。
緊張の糸がほぐれ、暁人の口から深い溜息が漏れ出た。

「どうしたの?」
母が暁人の溜息を不思議がる。
当たり前だ、いきなり溜息なんてつかれたら、普通の人なら違和感を持つ。
暁人は「なんでもないよ」を母に答えた。

その口は少し綻んでおり、彼も意識はしていなかったが微笑んだ様子であったため、母は安心し、食卓の上の空いた食器を片付け始めた。

(第7話へ続く)


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