見出し画像

静 霧一 『初夏の白百合』


「ねぇ、香織ちゃん。香織ちゃんって、神様って信じる?」
「神様?うん、まぁ……」
「じゃあさ、今目の前に神様が現れたら、何をお願いする?」
「お願い?お願い……」
 美紀のいきなりの質問に私はアイスクリーム片手に戸惑っていた。

 中学校の終業式を終え、今日から夏休みを迎える。授業は午前中に終わり、少し早い帰り道を私と美紀はとぼとぼと歩いていた。

 だが、夏休みの訪れは夏の暑さの始まりの合図でもある。
 あまりの暑さに、私と美紀は途中の駄菓子屋でアイスクリームを買い、公園のベンチで仲良くそのアイスクリームを食べることにした。

 夏の日のアイスクリームほど、格別なものはない。
 暑さで溶けてしまう前に食べてしまいたいところだが、美紀のいきなりの質問に私は思わず戸惑い、質問の答えを探す。

 その間にもアイスクリームは暑さでだんだんと溶け、今にも垂れそうになる。
 そんな私を横目に、美紀はぱくりと汗をかき始めたアイスクリームを柔らかく尖った先端をぱくりと頬張った。

「んー!冷たい!」
 嬉し気な美紀の言葉にハッとし、自分のアイスクリームを見ると、暑さで溶けかけていることに慌てて気づき、ぺろりと垂れかけたアイスを舐めた。

「私ね、神様がもし目の前に現れたらね、"私に羽をつけて、あの青空に飛ばせてください"ってお願いするの!」
「空、好きなの?」
「うん!大好き!」
 美紀は満面な笑みを浮かべた。

 私はその無邪気な笑顔が、とても愛おしく感じ、胸の奥がきゅっと苦しくなった。

 爽やかな風が吹き込み、私たちの座るベンチに影を作る木の葉の影がかさかさと揺れる。
 透き通るような青色をした夏空には、アイスクリームのような入道雲がもくもくと天高く昇っている。

 神様っていうのはあそこに住んでいるのだろうか?
 そんな風なことを本気で思ってしまうほどに、入道雲は大きく綺麗な純白色をしていた。

 その光景に見とれていると、ふと、指に冷たい感触を感じた。
 暑さによって、とうとう形を保っていたはずのアイスクリームが液体となり、コーンを滴り落ちているではないか。

 その雫が、制服のスカートに垂れそうになって「あっ」と声を上げると、美紀がすかさず、私の指に垂れたアイスクリームを小さく柔らかな唇で甘噛みをして舐める。

「へへ、美味しい」
 美紀はまたも笑う。

 ずるいよ。私だって我慢しているのに。
 私は、思わず恥ずかしくなり、美紀から視線を逸らした。

 もし神様がいるのなら、美紀を見つめられるだけの勇気をください。
 きっと、そう願うだろう。
 でも、もしその願いが叶ったのなら、私はもっとわがままを言うかもしれない。

「ねぇねぇ、香織ちゃんは何お願いするの?」
「私はね―――」

 私は微笑みながら美紀を見つめた。
 そしてゆっくりと近づき、美紀の持つアイスクリームをぱくりと食べた。

「美紀のアイスクリームを食べることかなぁ」
 私は、へらへらとからかうように笑った。

 その様子に、美紀は頬を膨らませ、お返しにと言わんばかりに、私のアイスクリームをぱくりと食べた。
 お互い、唇を白く汚して、その姿に笑いあった。

 そう、これでいい。これでいいんだ。
 私は胸の奥の苦しさを抑え、美紀の目を見つめた。

 "あなたの唇が欲しい"だなんて言えるわけないじゃん、ばか。

 おわり。


応援してくださるという方はサポートしていただければ大変嬉しいです!創作費用に充てさせていただきます!