窓際席のアリス様 #1
悟の隣の席には「アリス様」が座っていた。
これは彼が名付けたものではなく、周りの生徒たちが名付けたものだ。
ブロンドヘアの長髪に、白い肌と青い瞳。
日本人の幼さと、妖精のような美しさを持った少女は、その容貌から「アリス様」と呼ばれていた。
どこかのお嬢様じゃないかと噂が囁かれるほどに、彼女からは品格がにじみ出ていて、少女らしからぬ落ち着きがあった。
それは入学式から生徒内で話題となり、その話題を悟は幼馴染の神木 慎之介と星野 恵から聞いていた。
悟は「僕には一生縁がないよ、きっとその娘とは」と言い、まったくもって興味を示さなかったが、いざクラス編成を見ると、その話題の「アリス様」と同じクラスになっていた。
最初は名前の順で席は並んでいて、「アリス様」は前のほうの席に座っており、悟は6列机が並ぶうちの4列目の一番後ろに座っていた。
悟の席からはちらりと「アリス様」の後頭部だけは見えたが、視界に入るというだけで、その時は何の感情の揺らぎも起こることはなかった。
通常であれば席替えというのは時間が経ってクラスが馴染んでからするものであるが、悟の所属する1年4組の担任の朝町先生というはずいぶんと変わり者だったようで、新学期早々、オリエンテーションと称して席替えをくじ引きで行った。
悟は「くだらないな」と思っていたが、運命というのは気を利かせた悪戯をするものである。
彼の隣に「アリス様」がやってきたのだ。
その後も、オリエンテーションは続き、長々と担任の自己紹介が始まった。
ため息交じりに悟はその自己紹介を聞いていると、開け放たれた教室の窓から、ふわりと四月の甘い風が吹き込み、一枚の桜の花弁がひらひらと踊るようにして迷い込んだ。
その光景に悟は目を惹かれ、先生が話しているというのにずっとその花びらを目で追い続けた。
そしてそれは悟の隣の席へと飛んでいくと、机の上に静かに落ちた。
それに気づいたのか、隣に座っているアリス様が机の上に乗っかる花びらを拾い上げ、不思議そうに見つめた。
悟はその光景に美しさを覚えた。
ちょうど陽の光が少女の金髪の髪色に映え、まるで女神のようにも見える。悟がその光景に見惚れていたことに気づいたのか、彼女は横を振り向き、彼と視線を合わせた。
一瞬であった。
アリス様は悟に優しく微笑んだ。
白い肌に、大きくクリっとした青色の瞳。
まるで少女漫画の中からそのまま飛び出してきたような可愛らしさを、彼女は持っていた。
悟はその可愛らしさについ恥ずかしさが勝り、彼女を直視することが出来ずに顔を伏せた。
彼の心に、ぎゅっと苦しくなるような何かが走る。
彼はこれを直感的に恋だと感じた。
もはや、呼吸すら苦しいほどに心臓を掴まれている。
恋に落ちる音―――
悟はそんなものにわかに信じていなかったが、それが今、はっきりと聞こえた。
これが遠野悟が有栖川 詩に初めて恋心を抱いた瞬間であった。
(つづく)
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