鳩山郁子オマージュ展 《羽ばたき Ein Märchen》 ｜鳩山郁子《1》｜夜空の彼方へ——
Text｜霧とリボン
色づく葉々が澄んだ空を背景に揺れる頃、心地よい風にのって微かな羽音が聞こえてきました。ふと立ち止まって耳を澄ました先の地面に、落ち葉とともに菫色の羽根が一片。これからはじまる物語の予兆のように、拾われることを待っていました。
菫色の羽根に導かれて辿り着いた、丘の上の菫色の塔——静かに吹き抜けた秋風が扉をあけて、霧とリボン企画・鳩山郁子著作刊行記念オーマジュ展《羽ばたき Ein Märchen》が本日、オンラインにて開幕致しました。
孤高の場所から放たれた「翼の夢」を、受け取った作家たちがぞれぞれの場所で輝かせ、オマージュを捧げる本展——6日間に渡り煌めく星々の「共振」を見つめ、私だけの唯一無二の星座を見つけて頂けましたら幸いに存じます。
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堀辰雄の短編をコミカライズした鳩山郁子先生の『羽ばたき Ein Märchen』。2020年夏に発売されて以降今日まで、羽ばたいた先々で霊妙な羽音を響かせ、人々の心を震わせてきました。
ジジが鳩たちと共に飛翔する表紙をひらき、頁をめくるごとに流れてくるのは、福音史家のごとき物語に伴走するレチタティーヴォの筆致。原作への深い敬愛が語り部としての筆力に昇華され、登場人物たちのアリアを朗々と伝えてきます。
絵筆による語りは、物語のディテールをクローズアップし、遠雷のように轟く不穏を予感させ、夢や死などの抽象を具象のヴォリュームで見せ、あるいは言葉を隠すことでより多くを語り、時に登場人物に接近し、時に俯瞰し、物語のより奥へ、より高い場所へと私たちをいざないます。
冒頭から通奏低音のように重く響く「犯罪｜Crime」と「原罪｜Sin」というふたつの「罪」。手枷が置かれた「仕置場の跡」、ジゴマ鳩となるジジの兇行、スケート場での流血騒ぎなどが「犯罪｜Crime」として描かれる一方、「原罪｜Sin」の描写は「縄」というモチーフに暗示的に収斂されてゆきます。
物語の中で、縄で縛られるのは「ジジ」と「ジジの母親」のふたり。原作にはないオリジナルのラスト、樹木の根元にほどかれた縄のシーンを見て、八百屋とU塔で描かれていた噛まれた林檎がふと「禁断の木の実」として想起され、はっとしました——ふたりは、死により原罪を贖う存在なのではないかと。そしてU塔は、このふたつの罪が刻印された十字架として物語に屹立し、それゆえに、そこからの飛翔が神聖さを帯びるのだと。U塔から飛翔する逆光のジジが十字架の影のようにも見えます。
同時に「縄」は、清廉な空気が渡るファンタジーの中にあって、ヴァナキュラーな存在であり、荒々しい縄の手触りが生の手触りとなって迫ってきます。その野趣あふれる風合いが頁から飛翔し、菫色を纏い、晩秋の頃、ここ菫色の塔に舞い降りました。
菫色の塔のセンターを飾る、鳩山郁子先生による本展メインヴィジュアル作品《羽ばたき——ジジの飛行術》。繊細を極める描線の洗練が、デッドストック藁半紙の野性的な輪郭線上で羽ばたきます。鳩の国のフォークロア的一作は、はじめて耳にする言語のように神秘的。同時に、忘れていた記憶を呼び覚ます郷愁も喚起されます。
夜空と菫色のアレンジメントにゴシックなムードも漂う本作。U塔に棲まうジジが夢の中で見た自身の姿とも、U塔から羽ばたいた後、鳩の国の住人となったジジの姿とも受けとれます。頭上の一羽の鳩へと凛と伸びる帽子の羽根が、飛翔することへの強い憧憬を表しているかのよう。
歓喜と畏れのあわいで揺れ動くジジの飛行を、鳩とU塔を中心に放射状に並んだ菫色の星々が祝福するように支えています。漆黒の額縁で装飾された作品は多翼祭壇画の一枚を思わせ、喪われた、あるいはまだ描かれていない多翼の哀感が『羽ばたき』読後の余韻と重なり、ジジの棲まう夜空の彼方へと、私たちを誘います。
菫色を纏い羽ばたく少年を先頭に、多彩な鳩たちがいままさに、菫色の塔からいっせいに羽ばたきました——
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鳩山郁子 ｜漫画家・イラストレーター →Official Blog 『鳩小屋通信』
近刊に堀辰雄の初期ファンタジー小説をコミカライズした『羽ばたき Ein Märchen』（KADOKAWA / 第24回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品）そのほかの著書に『寝台鳩舎』（太田出版 / 第21回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品）『エルネストの鳩舎』 『カストラチュラ』（青林工藝舎）『スパングル』 『ミカセ』（復刊ドットコム）などがある。
twitter：@IkukoHatoyama
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鳩山郁子先生の作品は本作以外に、ファッションプレート風イラスト、小品シリーズ、イラストサイン本ほか、多彩なコラボ作品もお披露目されますので、どうぞご期待下さい。
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作家名｜鳩山郁子
作品名｜羽ばたき——ジジの飛行術
不透明水彩・ポスターカラー・墨汁・胡桃のインク・デッドストック藁半紙・ケント紙
作品サイズ｜26.7cm×19.2cm
額込みサイズ｜42.4cm×33.3cm
制作年｜2021年（新作）
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