少女の聖域｜永見由子｜余白に迷う

Text: Kayoko Takayanagi

私にとって「少女」とは、「途中」に立つ存在です。　昨日と今日の途中、こちら側とあちら側の世界の途中に立つ存在、そして通り過ぎるものとしての少女像を思い、絵にあらわしています。
　.....永見由子

少女には隙がある。
完全な少女など存在しない。少女は常に余白を抱えている。
隙間からそっと外の世界を覗いたり、余白に何を書き込むか夢想したりしながら、少女は迷う。
不完全であるから、隙があるから、どこへ行くか迷うことができる。
大人になって隙がなくなると、変化を恐れ、迷うことすらできない。
少女は固定された定義から逃れ続けるから、少女なのだ。
不在の少女はいつでも隙間からするりと抜け出して走り去る。
迷いを過去に置き去りにして。

護られた花畑の中
花冠を編み、ひとり遊びにふける仔羊
彼女は気づいているかもしれない、有刺鉄線の向こう側の世界
外に出るのは自らの意思？それとも流される運命？
とどまりたい気持ち　戻れない場所への甘い囁き　 
不均衡な夢の入り口
　.....永見由子

　永見由子の作品は日本画であっても、パステル画や水彩画のような雰囲気を携えている。それは画風というものが小説に於ける文体と同じく、技法や手段や材料に依らず、その作家に固有に属する個性だということをあらためて教えてくれる。
　だから彼女の描くものたちは、その色彩やマチエール自体がそのまま「少女」という属性となる。ぬいぐるみも野の花も子犬もリボンも、全て少女という余白に描かれているのだ。

　永見由子の少女たちは、一見あどけない。ふわふわとした生き物や健気に咲く花に囲まれて優しい表情を浮かべる少女たちは、やわらかくもろく、いたいけな存在に思われる。
　しかし『裁つ』という作品を観たとき、彼女の少女はあどけないという言葉だけでは語れないことを知った。強い決意を秘めて手にしたハサミで自分の髪を裁ち切る少女。裁つは断つであり、立つでもある。いや、発つかもしれない。

　迷うということは、選択肢があるのを意識しているということだ。現状を疑いもせず受け入れるのではなく、その外にある別の可能性、もっと広い世界への扉の存在に、少女は既に気付いている。
　ここから一歩踏み出すその前の一瞬、過去と未来の狭間で少女は迷う。

少女のころ、本を読むのはもっぱら夜、寝る前の布団の中
読んでいる途中で眠くなってしまい次の日の夜もまた同じ場所から読み返し
いつになっても完結しないフェイドアウトの物語。胸に抱き眠りに落ちる、愛しい瞬間
詰草のしとねに包まれて
　.....永見由子

　鉄条網の中に守られた仔羊は、その聖域にとどまろうかどうしようかと迷っている。安全であるが不自由な場所と、危険であっても自由な場所。そのはざまで彼女は迷う。
　穏やかな眠りに包まれた少女も、暖かな夢に微睡むこととシビアな日常に戻ることのあわいで迷っている。いつまでも読み進められない本も、いつかは終わってしまうことを知りながら。

　”「途中」に立つ存在”として位置付けられた永見由子の少女たちは、迷い、惑い、立ち止まる。それは決してか弱いからではない。
　作品に添えられた可憐な白詰草が強靭な生命力を秘めているように、彼女たちは静かに力をためている。
　いつか広い世界に旅立つために。

永見由子　Yuko Nagami　｜画家　→HP
高校時代に美術授業での選択を機に日本画の制作を始め、1996年、カフェギャラリー宵待草にて初個展。以来、主に少女をモチーフとした日本画制作を行っている。1999年から2014年まで美術団体現代童画会に所属したのち、現在は都内や横浜を中心に、個展、グループ展等で活動。ここ数年は鉛筆画、銅版画など様々な表現にも取り組み中。少女の姿を通し、幾重にも通り過ぎていくひとときの心の機微を表したいと思っています。

＊

作品名｜仔羊の夢
岩絵具・水干絵具・胡粉・墨・膠・木製パネルに雲肌麻紙
制作年｜2020年（新作）
作品サイズ｜33.3cm×22cm
額込みサイズ｜42.7cm×31.4cm
販売期間【2020年7月26日（日）10:00〜8月2日（日）23:00】
販売は先着順

永見由子｜仔羊の夢 | KIRI to RIBBON powered by BASE

＊

作品名｜詰草のしとねで
鉛筆・色鉛筆・顔彩・アルキド樹脂絵具・アルシュ紙
制作年｜2020年（新作）
作品サイズ｜20.8cm×8.3cm
額込みサイズ｜29cm×16.8cm
販売期間【2020年7月26日（日）10:00〜8月2日（日）23:00】
販売は先着順

永見由子｜詰草のしとねで | KIRI to RIBBON powered by BASE

＊