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【ホラー小説】キヨさん #2

一つ前の話

おじさんは未知の確認に
「おお」
となんだか言葉にならないうめき声で賛成していた。

「じゃあ、言うわ。でも私がこの話をした時点で、奈々子ちゃんはこの村の住民としての責任も、背負ってもらうことになるからね」

未知がなんだか意味深なことを言うので、私は彼女が話し出そうとするのを手で制しながら、
「ちょっと待って。変な村のしきたりに参加したくないよ」
と失礼なことを主張してみた。

「それでもいいけど、『2トン』のことを知らないまま、この村に2週間はいられないよ。だって、奈々子の滞在中に、3月中旬になっちゃうんだから」
未知はサラサラの前髪を左に撫でつけながら困ったようにこちらをみている。

今日は3月8日である。1週間したら3月中旬だ。
「3月中旬になったら何かあるの?」
「そう、というのも」
あ、まずい。私は慌てて未知の口を塞いだ。油断したら聞かされてしまう。

すると突然、ハンドルを握って黙っていたおじさんが突然がなり声を出した。私はビクッと驚いて未知の口から手を離した。
「いや、実はね、『キヨさん』てのがいるのよ。うちの村に。それが巨大だから、2トンくらいあるんじゃないかって言われてっけど」
「え?」
「それが3月の半ばくらいになると、山の奥の方から出てくるのよ。それで、毎年誰かが死ぬのよ」

とっぴのない話に、ゾッと鳥肌が立った。これ以上聞いてはいけない、私まで「村人」にされてしまう。そう思ったが、凸凹で狭い山道を運転するおじさんの口を塞ぐのはどうしても無理そうだった。

話を聞くまでは、「2トン」の正体が巨大な獣の類だと思っていたのだ。害獣駆除の手伝いみたいな肉体労働をされそうだから、聞きたくなかったのに。

「またまた〜そういうの趣味悪いですよ。私がよそ者だからって〜」
なんとか笑い飛ばそうとするが、
「そういうのじゃないから」
未知にピシャリと言い返されてしまい、私はシュンと下を向いた。膝にはまだ眩しいオレンジの太陽光が乗っかっている。

それにしても、両親の選ぶ移住先はセンスが悪すぎる。自然以外何もなく、住民といえば生気がなく、おじさんはむさ苦しい。未知くらいしか、この村で好きなものがない。その未知ですら、少し頭のネジが外れたようなことを言っている。とんでもないところに来てしまった。

おじさんたちの語るところによると、この村は春先になると何故か死者数が増えるのだという。だが、天災などの自然的な要因ではなく、自殺でもない。大半のケースが、事件性の強い「殺人」によるものだ。
そして、被害者の年齢や出身地、性別まで見事に共通点がないため、ターゲットの決まっていない無差別殺人のような感じで警察には処理されているのだという。
毎年春先に死者数が増えるとはいえ、その人数は年によってバラバラで、すごく多い年もあれば、一人の時もある。

ここまで話が進んだ時点で、よくある田舎の怖い話のようで、もはや私の怖さが薄れてきていた。車は下山し終えて、私の実家に送ってくれることになっていた。おじさんが「2トン」の話を始めてから15分程度しか経っていないはずなのに、日はすっかり暮れていた。

私は先ほどから「はぁ」という反応しかできていなかったことに気づき、詳しく話を聞くことにした。

「それで、私が背負わされる責任っていうのは何?」
饒舌になってきたおじさんがすぐに答えてくれる。
「責任というか、自分の身を自分で守るために、知っておかないといけないことがある。キヨさんから逃げる方法だ」
「待って、そもそもキヨさんっていうのは何なわけ?この村の山奥に住む殺人鬼?住所までわかっているのに、どうして逮捕されないの?」
「落ち着けよ。今説明してるから」
おじさん自身も口角から泡を飛ばしながら、私に落ち着くように言ってきた

「キヨさんは殺人鬼じゃない。俺はまだ直接見たことないが、見たことがある村人によると、とりつく類のもんらしい。それで、取り憑かれた女は頭がおかしくなってしまう」
「女?取り付くのは女性限定なの?」
「そこが問題なんだよ」
おじさんの長話にうんざりしたようで、未知が割り込んでくる。
「だからね、キヨさんが奈々子に取り憑かないように、説明してるわけ。もし取り憑かれたら、あんた殺人鬼になるんだよ」
最後の発言が怖すぎるが、取り憑かないようにする方法はあるらしい。私は半信半疑ながらも安堵していた。


実家で荷解きをしながら、私はため息をついた。その後家に着くまでに、未知とおじさんが話の主導権を奪い合いながら色々話してくれた。その話によると、キヨさんは女性の形をした妖怪、というか幽霊の形をしていて、色々なところに突然現れる。
人間と同じように二足歩行で道を歩いていることもあるし、突然足元からぬっと顔だけ突き出してくることもある。
このキヨさんの目を覗き込んでしまった女性が、その年の殺人鬼になる。年ごとに死者数が異なるのは、取り憑かれた女性の性格によって被害の大きさが変わるためだ。
そして女性自身が殺害行為に満足したところでキヨさんが抜けていく。つまり「帰って」行くのだ。来年のその日まで。

だが、私が一番怖いと思ったのはここからだ。
取り憑かれた女性はその時のことをうっすらとしか覚えていないが、数日すると記憶が蘇る。大抵が罪悪感からか精神を病み、失踪したり自殺したりする。
取り憑かれた女性のその後まで詳細に作り込まれた話に、なんだかリアルさを感じてしまった。

「それで去年は、」
おじさんが言いかけたところで家に到着したのだ。

未知とおじさんの話は、にわかには信じがたい。今もまだ1割くらいしか本気にしていない。この伝承は家族に聞いてみるしかないだろう。私は、世界で一番嫌いな人たちが住んでいる場所に、重い足取りで入っていった。

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