見出し画像

掌編小説【drive your car】

お題「ドライヴ」

「drive your car」

「今度の日曜日、ドライヴに行こう」
僕がサヨコにそう言った時、彼女は一瞬だけ間をおいて、コクンとうなずいてくれた。だから僕もうなずいた。約束成立。
それにしても、どうしてそんな事を言ったのか、自分でもよくわからない。ドライヴだなんて。僕は車を持ってない。
立ち寄ったショールームで見た車も、絶対に僕なんか乗せてやらない、という顔で知らんぷりしていた。

サヨコとの待ち合わせは午前十時の公園。僕は手ぶらで待ち合わせ場所に行った。
「おはよう、サトウくん」
サヨコは、いつものパンツスタイルと違って、薄いブルーのカーディガンに白いワンピース。
「とてもきれいだ」
僕は思った通り、口に出す。サヨコが頬を染めて視線を落とす。かわいい。
「今日はどこに行くの?車は?」
「ごめん。車がなくてドライヴには行けないんだ」
僕は正直に言う。
「どうするの」
「どうしようか」
「免許は持ってるの?」
「そういえば持ってない」
サヨコの目が一回り大きくなり、かわいさが増す。
「じゃあ、どうしてドライヴに行こうなんて言ったの?」
「他にどう言っていいかわからなかったんだ。女の子を好きになったのが初めてだから」
「サトウくんは免許も車もないのに私をドライヴに誘ったの?」
「そうだね」
「私のことが…好きだから?」
「それはまちがいないよ」
サヨコは今度は真っすぐに僕の目を見ている。怒るかな、と僕は少し心配になる。
「それならいいわ。ここに座って話しましょ」
僕とサヨコは公園のベンチに座った。
「昨日、ショールームで車を見たよ」
「どうだった?」
「車の方が僕を拒否してるみたいだった」
「車、欲しいの?」
「僕は君がいればいい」
サヨコがまた頬を染めて視線を落とす。そして少し間をおいてから言った。
「私、車に乗ると酔うの。だからドライヴに誘われても、いつも断るのよ」
サヨコは、つと立ち上がって歩き出した。振り返った時、耳たぶの小さなパールが光る。僕も立ち上がって一緒に歩き出す。魔法にかけられたみたいに。
「歩くのが好きなの」
サヨコがしっかりとした声で言う。
僕たちは結局それから六十年、一緒に歩き続けた。どこへ行くのにも。

「今日は初めてのドライヴだね」
サヨコの肩に手を置いて僕がそう言うと、サヨコも僕の手をとった。細い指。結婚指輪がゆるくなっている。
「私たち、ずっと旅行もしなかったわね」
「遠くに行きたかった?」
「いいえ。私もあなたがいればよかったの」
サヨコが僕の手をキュッとつかんでから、そっと離す。
転んで歩けなくなったサヨコの車椅子を押して、僕はゆっくりと歩き始める。


おわり (2022/12/17 作)


おもしろい!と思っていただける記事があれば、サポートはありがたく受け取らせていただきます。創作活動のための心の糧とさせていただきます☆