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SS【大好き】 #シロクマ文芸部

お題「チョコレート」から始まる物語

【大好き】(1348文字)


「チョコレートをどうぞ」
仕事から帰ってきたお母さんは、鞄の中から小さな赤い包みを取り出した。金色のリボンもかかっている。
今日はぼくの誕生日でもないし、クリスマスでもないのに?ぼくがびっくりして赤い包みを見ていると、お母さんが言った。

「今日はね、バレンタインデーなのよ。好きな男の子にチョコをあげる日なの」
「そういえば、学校で女の子たちがバレンタインがどうとか言ってた」
「チョコ、もらった?」
「ううん」
「ふふ、学校にはお菓子を持ち込んじゃいけないものね」
「うん。ぼく、でもバレンタインがそういう日だって知らなかった」

学校にはぼくのことが好きな女の子はいないのかもしれない。まぁいいけど。それにしてもチョコがもらえる日なんて!そんな素敵な日があったんだ。

「開けてみて」
「うん!」

開くのがもったいないくらいキレイなリボンと紙だったから、ぼくはハサミを使わずにリボンを外し、紙を破らないようにテープをはがした。お母さんは着替えもせずにニコニコ見ている。
中から黒い箱が出てきて、ぼくがドキドキしながらフタを開けると…
中から、金色の卵が出てきた!

「お母さん!金色の卵!」
「チョコレートの卵よ」

ぼくは卵が大好きなのだ。そして寺村輝夫さんという人が書いた『ぼくは王さま』というお話も大好きだ。王さまはすごく面白くて、卵が大好物だから、一人っ子のぼくは王さまみたいなお兄ちゃんか弟がいたらいいな…って思うこともある。でも、ぼくのお父さんは死んじゃったから、そんなことお母さんには言わない。

ぼくはキラキラ光る卵を眺めながら、王さま気分で夕ご飯が食べたくて、お母さんに頼んでオムライスにしてもらった。目玉焼きと同じくらい大好きな。お母さんはオムライスも、とっても上手なんだ。

キレイな薄焼き卵にスプーンを入れると、赤いケチャップライスが現れる。具はたっぷりの玉ねぎだけ。噛みしめると玉ねぎの甘さとケチャップの甘さに卵のおいしさが溶け合う。
これ以上のごちそうって、ないんじゃないかな。
しかも今日は、金色に光るチョコレートの卵まであるんだ!

その日はぼくにとって最高の日だった。
多分、人が聞いたらなんてことない日だけど。

……

「だから今でもオムライスを食べると、すごく楽しかった日を思い出すんだよ」

彼女にそんな話をした。今は彼女がくれたチョコレートをテーブルに置き、彼女が作ったオムライスを食べている。

「この話をすると、マザコンかーって言われたこともあるよ。それで二回くらいフラれてる」
ぼくが冗談ぽくそう言うと、彼女は眉をひそめてまじめな顔で言った。
「わたし、マザコンていうか…お母さんのこと、ちゃんと大好きで優しく語れる人っていいと思う。大切な人のこと茶化したりしない人が好き」
「えっ、…うん、ありがとう」

彼女があんまり真っすぐまじめに言うから、ぼくはちょっと照れてしまった。
でも大まじめにそう言った彼女がとても好ましくて可愛くて、ぼくは照れ隠しにオムライスを口いっぱいに頬張った。甘いケチャップの香りが口いっぱいに広がって、目頭がツンとする。かすんだ視界の中に浮かぶ彼女の微笑みに、遠い日の母の微笑が重なる。

やっぱり、ぼくはマザコンなのかな。
でも、大好きな人のことは、大好きって言っていいよね。

ぼくは君のことも、大好きだよ。


おわり

(2024/2/11 作)

小牧幸助さんの『シロクマ文芸部』イベントに参加させていただきました☆※参考サイト
『ぼくは王さま』

本作は、以下の作品のスピンオフだったりします。
ただいま、挿絵も描いていただいております…(*´ω`*)


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