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掌編小説【おもい】

お題「うさぎ」

【おもい】

年男も今年が最後だろう、ここはひとつ人並みに福袋を買ってやろうと思い立ち、手に取った福袋を買って家に帰ったら中身はうさぎだった。
なにしろ初めてなので、こういうものが入っているとは予測していない。どうしたものかと思っていると、紙袋からゴソゴソと出てきた小さなうさぎが僕の前にちょこんと座り、こう言った。
「あたしを捨てないで」
聞いたことのある声と科白だった。

その時以来うさぎはしゃべらなかったが、僕がエサをやるのを忘れたり、小屋を掃除し忘れると赤い眼が白くなる。黙って責めるように見られる感じにも覚えがあった。
「君はもしかして…、君、なのか?」
僕は一度恐る恐る聞いてみたが返事はなかった。しかし、妻が好きだったシュークリームを買って与えてみたらむしゃむしゃと食べた。他にもケーキやどら焼き、なんでも食べた。

うさぎの寿命はどれくらいかとこっそり調べてみたら、七年か八年、しかし長い場合は十年を超えるとあった。僕の寿命が保つかどうかの方が心配だ。
うさぎはたいてい黙々と口を動かして何か食べているか、目を閉じて日向ぼっこしている。なにを考えているかわからないところも、死んだ妻にそっくりだった。

うさぎは本当に十年を超えて生きた。福袋を買った年から十二年。来年は再び兎年を迎える。
うさぎの十二歳は人間でいったら百歳を超えている。そして僕も九十六歳になる。今度こそ最後の年男だろう。
年が明け、震える手で雑煮を作った。しかしこの年まで身の回りのことを一人でできたのは案外うさぎがいたからかもしれない。なにしろ毎日世話をしないと白い眼で見るのだから。
僕はうさぎにも雑煮をやった。
「あけましておめでとう」
「ありがとう」
十二年ぶりにうさぎがしゃべった。
「君はやっぱり君なんだな」
「ええ」
「そうか」
「あなた、あたしが人間だった時、捨てようとしたでしょう」
うさぎの眼が白くなっている。僕はため息をついた。
「君の愛が重過ぎたんだ」
「あたしは捨てられるのがいやで死んだの」
「そうか」
「うさぎはさみしいと死ぬのよ」
そういえば、妻も兎年だったな。僕は心の中で思った。
「でも十二年間、あなたはあたしの世話をしてくれた」
「うん」
「だからゆるすわ」
そう言うと、うさぎはいきなり僕の胸に飛び込んできた。
十二年の間、僕以上に食べ続けて巨大化していたうさぎに押し倒された僕は、そのままうさぎの下敷きになった。息ができずにうめく僕の耳元でうさぎがささやく。
「生まれ変わっても一緒になりましょうね…」
やっぱり君は重い…。でも僕の声はもう声にならなかった。

おわり

(2023/1/7 作)

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