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掌編小説【招き猫】

お題「たばこ屋」

「招き猫」

ミィの隣には古い菓子箱が置いてあり、中には百円玉がたくさん入っている。
ミィはおじいちゃんの三毛猫で、おじいちゃんの家は角にある古いたばこ屋だ。
たばこ屋のガラスケースの上はミィのお気に入りの場所なのだ。
菓子箱には「百円玉。必要な人どうぞ」と書いてある。置いたのはおじいちゃんだ。

ぼくは近所に住んでいるからしょっちゅう遊びに行く。今までに一回だけ菓子箱の中の百円を使った。その時おじいちゃんは何も言わなかった。何に使うんだ?とも聞かなかった。
ぼくはその百円でアイスを買った。とても暑かったから。
食べてから、「百円でアイス食べたよ」と言った。
おじいちゃんはただ「そうか」と言った。
おじいちゃんの表情はうつむいていて見えなかった。
ぼくはそれから菓子箱の百円を使っていない。
「必要な人」っていうのは、暑いからアイスを食べたい人とは違うような気がしたのだ。

ある日、ぼくがたばこ屋の前の空き地で遊んでいると、作業服を着たおじさんが通りがかった。おじさんは立ち止まってミィの頭をしばらくなでていた。それから素早く菓子箱に手を入れた。
おじさんが立ち去ってからぼくはそっと菓子箱の中をのぞいた。百円玉が減っていた。
おじさんがひとつかみ持っていったのだ。

また別の日、今度は女の子が通りがかった。
女の子もしばらくミィの頭をなでていた。女の子は随分長い間ミィをなでてから、菓子箱にそっと手を入れた。ミィが「にゃあ」と鳴いた。
女の子が立ち去ってから、ぼくは菓子箱をのぞいた。
百円玉はまた減っていた。

「おじいちゃん、百円玉なくなっちゃいそうだよ」ぼくはおじいちゃんに言った。
「そうか」と菓子箱をちらりと見ておじいちゃんは言った。
「どうするの?」
「どうもせんよ」おじいちゃんは言った。

ぼくはそっと観察を続けた。
二日後ぼくの学校で一番怖い先生が通りがかった。怒らなくても鬼みたいな顔の奴だ。
先生はミィの頭をなでた。それから財布から百円玉を何枚か出すと、菓子箱の中にチャリチャリと入れた。
先生はもう一度ミィの頭をなでると、にこりと笑って立ち去った。先生のそんな顔をぼくは初めて見た。

それからもいろんな人がやって来た。
年をとった人も若い人もいた。男の人も女の人もいた。外国の人も、時には子どももいた。
でも不思議なことに、百円玉が減り始めると逆に百円玉を入れていく人が現れるのだ。
面白かったのは、百円玉を持っていく人も入れる人も、みんな必ずミィをさわることだ。

「おじいちゃん。百円玉なくならないね」ぼくはおじいちゃんに報告した。
「そうか」
「おじいちゃんは、どうして百円玉置いてるの?」
おじいちゃんはゆっくりとミィを抱き上げた。ミィが「にゃあ」と鳴いた。
「昔、わしが困っとった時に百円くれた人がいたんだ」おじいちゃんは言った。
「でもそれが誰だかわしは覚えとらん。だから必要なら誰でも持っていっていいんだ」
「それに、うちには招き猫がいるからな」とおじいちゃんは言った。
「こいつが必要な人を招く。百円入れてくれる人もな。だからなくならん」
ぼくはおじいちゃんに抱かれたミィを見た。ミィはゴロゴロと喉を鳴らしている。

一年後、おじいちゃんが死んだ。
お葬式の日の夕方、見たことのある女の子がたばこ屋のガラスケースの前に立った。
女の子はしばらくミィの頭をなでていた。女の子は随分長い間ミィをなでてから、菓子箱にそっと手を入れた。ミィが「にゃあ」と鳴いた。
女の子が立ち去ってから、ぼくは菓子箱をのぞいた。
菓子箱の真ん中に「おじいさん、ありがとう」と書かれた紙が置いてあった。

あの子は「必要な人」だったんだな、とぼくは思った。
招き猫のミィが大きなあくびをした。

おわり (2020/5 作)

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