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掌編小説【手品師の家】

お題「平面図」

「手品師の家」

「これがいちばんすごい手品だぞ」
通学路の途中で子ども相手に手品を見せていたおじさんが最後に出したのは、一枚の平面図だった。
「これをどうするの?」
家に帰っても誰もいない僕は皆が帰った後も一人で手品を見ていた。
「これはな、本物の家になるんだ」
「うそだよ」
「うそだと思うか」
「じゃ、やってみせてよ」
おじさんはニヤリと笑った。
「これは少し時間がかかるんだ。俺が自分のために取っといたんだが、時間が足りなくなった。お前にやるよ」
「時間がかかるって、どれくらい?」
「人によるんだよ。楽しみにしてればいいのさ」
「うそばっかり」
「いらないのか」
平面図は細かいところまで丁寧に書かれていて見応えがあり、僕は引き込まれた。
「ううん、もらう」
それ以来、僕は毎日飽きもせず何年も何年も眺め続けた。そのうち自分で平面図を書きたくなり、大学は建築科に進み一級建築士になった。そして数年後、自分の家を建てることにした時ふと思い出して探した手品師の平面図を見ると、それは僕が思い描いていた家そのものだった。
新築の家で初めて眠った夜、夢におじさんが現れた。
「すごい手品だったろう」おじさんは笑った。
「三十年かかったけどね」僕も笑った。

おわり (2021/2 作)

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