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 のれんをくぐりお茶を持ってくると、みるは一人メモ帳を広げ、口にペンをくわえながらスクールバッグを漁っていた。

「何探してるんだ?」
 なるべく普段のトーンで話しかけると彼女はブンブンと首を振って、ペンを口から放し、口の真下の左手がそれを掴んだ
「駄目です!質問しちゃ!またクルメさんのペースになっちゃいます!今度は私が質問するんですから!!
 そこまで有無を言わせずに押し切った覚えはないのだが、彼女はそう感じたらしく、流石にそこに質問を重ねられるほど余裕がなかったので大人しくお茶を運び席に着き、彼女の探し物が終わるまで大人しく心音と戦った

「・・・はい。お待たせしました!」
 そしてみるが探していたものの正体が分かった。
 アルバムだ。表紙には彼女の字らしい丸い走り書きで、「人間絵描き」とある。
「・・・何、どういう物?」
 俺の質問にハッと顔を上げ、そして次にはそっぽを向いてプルプルと体中を震わせていた。
 喋って答えたいけど、我慢しているらしい。

 ちなみに今の質問は完全に声に出てしまったただの事故で、彼女に追い討ちをかける目的はなかった。
言ってからしまった、と思ったがもう遅い。
「じ、じゃあ、質問しますからね!」
 動揺しながらみるは、メモ帳を握りしめペンをグーで持った。

ご職業はっ!?具体的に何するんですか!!?シュって!!」
 それは、みるが以前いった言葉を借りるなら、『普通はここから聞かれる』質問だった。

「職業は「記憶シュのひと」。内容はそうだねえ・・・基本的に名のとおり「記憶」を扱う仕事で、記憶を足したり引いたりしてる。『シュ』――は、何だと思う?
 これで三度目の挑戦になるが、しかしこれは俺が正解を出すべきものではない。俺は彼女の思い描く、シュが知りたい。今度こそ答えてもらわないと。

 俺はつとめて冷静に余裕のある素振りを続ける。
 机に肘をつき、顔をななめに手のひらに預けて首を傾げる体勢を取る。

行動だけでもいつものように振舞えば、少しは動揺も落ち着くんじゃないかという考えだ。
「・・・・・・シュは『腫瘍』かな、って思います。で、正解は何でしょう?」
 諦めたように返事を返したみる。おお、腫瘍か。流石眼帯眼鏡娘。意外なところを突いてくる。

「ま、今回の正解は『腫瘍』かな?実際、腫瘍みたいな時も多いし」
 腫瘍、というと細胞の一部が異常な増殖をしたもの
 記憶だって、何らかの要因でその一部分に対しての記憶量が尋常じゃない、というケースもままある。
それは要因次第にもにも、そしてそれを抜くか入れることにより、にもにもなる。

「何か煮え切らないですねえ。じゃ、記憶の引き算ってどうやるんですか?」
「えーなんでもあるよ~。
それこそ、頭削って抜き出すことも不可能じゃないし、口の中に手ぇ突っ込んでかきだしてもいいよー。ま、ただでさえお客は多い方じゃないから、そんな受け入れられそうにもないやり方はあんまりしないけどね」
 噓ではない。事実、人によってこのやり方でやったりもするし、注射を嫌がればコレを提案したりもする。
他にも色々あるけど、ま、今回は『腫瘍』の『』だから。

「あ、あとね、傷口から吸い出すっていうのもやったことあるなあ。最も、これは条件が条件だからあまりやらないけど」
 仕事の話をし始めて、段々心が平静さを取り戻してきだしてふとぼやいた、そんな独り言の一言だった。
 彼女の目が、光り輝きだす
「そっ、それ!!目でも出来ますか!?」

 うえええ・・・俺、やっぱりこの子苦手。やっと少しペースをつかみ出してきたのに、また乱された。

 おまけに傷口からの摘出は、ほとんど知識としてあるだけ。やったのも一度か二度だ。
確か、俺一人でやった気がする。他は頼れない
 だが、このわけわからんちんの記憶を取り出せる、大きなチャンスだ。
そして彼女を知ることができれば、俺の動揺もかなり収まるだろう。ここは間違えられない
 俺のためにも彼女のためにも。

「目、か・・・どこかしらが破れてなくちゃ出来ないやり方だったから、目は厳しいだろうけど・・・興味あるの?」
 この程度の否定で好奇心を収めるみるではないはずだ。
「はいっ!てことは、やってもらえるんですね!?じゃああたし、ちょっとそこで転んできます!
「え、あ、おいっ」
 また飛び出していった。

 別に始め二つが嫌ならもっと色々あるのに
 それにまたあてずっぽうだったらいけないが、頭を削ったり口に手を入れたりって、秋山みるはさほど抵抗が無い気がするが――あーいや、触られるのがもしかしたら嫌なのかもしれない

 だとしたら話した限りはこれが最善か。
まあ、俺には触られてないけど地面とは触れ合うのに・・・・やっぱり法則なんかを見出すのは厳しいか
「ただいま戻りました~!膝痛いですう~!!」
 上機嫌で膝を盛大にすりむいて彼女は戻ってきた。
「ああ、ああ・・・これまた盛大に。大丈夫?先に手当てするか?」
 しかし、今ので一つルールが見つかった

「――ねえ、みるちゃん。君、自分のこと嫌い?」

 の話でも思ったが、自分が傷つくことに対して躊躇が無さ過ぎる
 そして今回は体だけじゃなく、眼鏡まで巻きぞいにして怪我をした
眼鏡は今、目立たない程度にヒビが入っている。
「好きではないんですよねー。だってあたしの体って丈夫じゃないんですもん
 とてもそうは思えないが。むしろ丈夫だからその辺で済んでるわけで。
すぐ怪我するし
 目に指入れたり、容赦なくすっ転ぶのをどう防御しろと。
髪の伸びは早いし
 むしろ好き勝手に髪をいじれて喜ばしいことじゃないだろうか。
「髪は、黒いし」
 目を細めて彼女は小さくいった。
 きっとこれが一番の気持ちなんだろう。
 彼女は不満げに髪を触りながら、またそっぽを向いている。機嫌が悪いと、いや余裕がないときも、人と目を合わせたくないんだな
「目も普通だし、名前は『』って」
ああ。自己紹介の『みちるじゃなくて』は『満ちるじゃなくて』じゃなく『満じゃなくて』だったのか。

「何それ。あたし、全然満ち足りてないんですけど!!?

それに、満ち足りたらすることなくなっちゃうじゃんか!
だったらあたしは『見る』がいい!
遠くからあたしよりずっと個性の出てる人を『見』て、自分の個性の足しにするの!
他人は、どうしたらもっと目をひけるようになるのか、沢山考えるための材料でいいの・・・比べるものじゃないの・・・・」
 彼女のは生まれつき髪がだと言っていた。それにあわせて父は染めた
そして何だかんだ聞き分けのいい彼女は、地毛を染めないところを見るに、学校の決まりで黒でしかいられないのだろう

 そしてその自分に満足いっていない、と。
だけど比べてもどうしようもない、ということも自覚しており、考え同士のぶつかり合いでどうにかなりそうなのか
「よし。解った。そういう人間のために、記憶ってのは取り出せるように出来てるんだ
 器具を取ってくるから。とまたのれんをくぐる。
 ようやく、秋山満――みるの全容が見えてきたようだ。

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