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ごろつきと花屋

 3月の第3土曜日。
 目を覚ますと頭がかち割れそうな痛みに襲われた。

 「うう…」
 枕に顔をぐりぐりと押し付けて、少しでも痛みを分散させようともがく。
 しかし、そんなことで痛みが和らぐわけもなく、カーテンの隙間から近所の子供たちの笑い声が駆け抜けていった。

 土曜日は正直である。
 無理はしていないと自分にどれだけ言い聞かせても、平日の疲れはしっかりとやってくる。
 その疲れが私の場合、頭痛としてよく症状に表れた。

 時計を見ると、もう14時近い。
 
 流石にまずいと思い、布団から重い体を起こして、リビングへと向かう。
 頭痛の影響なのか、心なしか視野が狭い気がした。

 テーブルには、昨夜に食べた弁当の容器がそのまま置かれている。
 昨日の自分にうんざりしながら、本棚の上に置かれた頭痛薬の箱に手を伸ばした。

 しかし…。中身は空っぽであった。
 どれだけ中を覗いても、何重にも折りたたまれた薬の説明書しかない。
 先週、最後の二錠を飲んで、買うのを忘れていたみたいだ。
 
 くそ、と舌打ちをすると同時に鈍器で殴られたかのような痛みが再び波のように襲う。
 しばらく呻いて、一人しゃがみ込んだ。
 そして、ようやく痛みが和らぐと私は大きく息を吐きながら、着替えをすまして薬局へと歩き始めた。

 ※

 薬局は駅の構内にある。
 最近、出来たばかりの白を基調とした清潔感のある内装。
 
 食料、化粧品、洗剤、サプリメント。
 ここに来れば、日常で必要な物のほとんどが揃ってしまう。
 でも、ふと四隅にびっちりと配置された大量の薬に視線を向けると、そこには私の知らない誰かの苦しみが並べられているような気もした。

 なんとかいつもの頭痛薬を発見すると、予備も含めて三箱を手にとる。
 ついでに飲料水も買い物かごに放り込んだ。

 レジを済ますと若い女性の店員が、
 「またのご来店お待ちしております」
 と高らかに歌い、出来るならばもう来たくないのにと心の中で苦笑しながら会釈した。

 ※

 薬局を出ると、真っ直ぐに家に帰るだけだ。
 余計なことに神経を使って、頭痛を悪化させないように、ひたすら下を向いて歩く。
 永遠と続く、単調なアスファルトは私の日常にもどこか似ていた。

 突然、鮮やかな色が視界を通り過ぎた。
 
 足を止めて、顔を上げると花屋の前である。
 何度か通り過ぎたことはあったが、こうして立ち止まったのは初めてであった。
 可愛い花だなと思って、そんな自分に驚く。
 これまで花に興味など、ちっとも持たなかったからである。
 
 名前を見るとミモザと紹介されている。
 黄色の小さな花を眺めていると、頭の痛みがすうっと引いていくような心地がした。

 もう少し余裕が出来たら花を飾るのも悪くないかもしれない。
 そんなことを考えた。

 
 その時、隣で破裂したような笑い声がした。

 「マジでやばいっすって」
 「やばくねえって」
 「やばいですって。絶対怒られますって」
 
 横を見ると、そこには二人の男が立っていた。
 20代後半くらいであろうか。
 二人揃って、上下グレーのスエットにクロックスといった恰好である。
 お世辞にも品があるとは言えなかった。

 男の一人は背が低くて、太っている。
 色付きの眼鏡をかけていて、がははとよく笑うのはいいが、その際に大きな口から前歯が二本足りないのが気になった。

 もう一人の背はすらりと高い。180センチはあるかもしれない。
 それでも最後に染めたのはいつかと聞きたくなるようなプリンの茶髪は、私が子供の頃に見たひと昔前のヤンキーによく似ていた。

 会話から察するに、太っている男が先輩で茶髪の男が後輩なのだろう。

 
 「この花とかめっちゃ似合うじゃん」
 太った男はそう言いながら、ピンク色をした花を手にとった。
 その瞬間、茶髪は大笑いする。
 「マジで殴られますよ。ピンクとか一番似合わないじゃないですか」
 
 何がそんなに楽しいのか。
 二人ともピンクの花を眺めて、腹を抱えて笑っている。

 「すいません…。他のお客様もいらっしゃいますので…」
 たまらず店員が出てきて、二人に頭を下げていた。

 二人はすいませんと謝りながらも、それでも笑いをこらえきれないようで、体を小刻みに揺らしていた。

 甲高い笑い声に、さっきまでの穏やかな気持ちも冷めてしまった。
 頭痛が再発しない内に家に戻ろうとした時、

 「いや、でも喜んでくれると思うよ」
 と太った男の真剣な声がした。

 「まあ気持ちですもんね」と茶髪が頷いている。

 その神妙な会話が気になり、彼らの見ている花のコーナーに目を向けてハッとした。
 小さな文字で『仏花』と書かれていた。

 私は、そこでようやく今日がお彼岸の中日であることを思い出した。
 それから何も考えずに、彼らを観察していた自分が恥ずかしくなった。

 二人はしばらく色々と話し合った結果、
 店員に「ここで一番カッコいい花をください」と言った。

 ※

 二人は、結局最後までニヤニヤ笑っていた。
 店員が花を選んでくれている時も。
 財布から半分ずつお金を出す時も。
 白と紫色の菊やアジサイのブーケと何故かサボテンを受け取る時も。

 ずっとニヤニヤ笑っていた。
 それでも受け取った花を大事そうに抱えた時、一瞬満足そうな笑みが浮かんだ。

 私は彼らの遠くなる背中を見ながら、
 花を供える相手はきっと気障で怒りっぽくて、優しい人だったのかもしれないと思った。

 それから、もし可能ならば雲の上から彼らに「こんな花ガラじゃねえ」って照れながらも、叱りつけて欲しいなと思った。
 
 
 
 
 【追記】

 このお話は、以前Twitterで公開した「微笑みながら仏花を選んでる」という自由律俳句を広げて作ってみました。

 もしよければTwitterにも遊びにきてくれると嬉しいです。
 
 最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

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