見出し画像

経年ではなく、ビンテージという考え方

誕生日も年が増えるだけでつまらん
こんな年になっていやだいやだ

こんな声を聞いたことがあると思います。
私自身はあまり気にしたことがないのですが、人によっては、結構気にされる方もいると思います。

肯定的に捉えている間はいいと思うのですが、
少しでも

あぁーあ

などと思ってしまうのはもったいないと思います。

それではどのように考えてみたらよいでしょうか?

ビンテージという素晴らしい考え

 バイオリンのストラディバリウスは誕生から300年経過しており、驚くほど高価なものであることはご存知かと思います。

ギターでも以下のものはなかなかな値がついています。

1957年 フェンダー ストラトキャスター

 製造から66年、人気の理由はこの製造年のこのギターにしかな出せない音があるのとかないのとか ですが、特にあたり年だったのだと思います。

 私が使っている、スネアドラム という一番よく使うドラムも、1971年製で52年前のものです。味わいのあるよい音を奏でてくれます。

ワインやお酒でも年代物の高価なものがあると思います。

ことものに関してはビンテージの価値があると評されますが、人間やお仕事に振り替えるとどうでしょうか。

その人にしか出せない能力がある

 年齢が重なると経験値は爆上がりしますよね。また人間関係もその人固有のネットワークができると思います。

これってものすごい価値ですよね、まさにビンテージの価値があると思います。

年齢はあくまで数ですが、それにまつわる人間関係や業務の厚み、習熟度は相当なものになると思います。

人間みなビンテージでとてつもなく価値があり、さらにそれは年が加わると最強になると思います。

経年というよりはビンテージの価値を全面に押し出してはいかがでしょうか。

経年よりはビンテージ という考え方というお話でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?