【百合創作】心からの祝福を
***こころからの祝福を***
おめでとう、おめでとう、おめでとう。心からの、祝福を。
かわいいでしょう? はずむようにそう言って、先輩はそのちいさなちいさな宝物を、そっと私に渡してきた。
わたしははいと頷いて、そのちいさなちいさな宝物をそっと抱いた。
「落とさないでね。まだ、首が座ってないんだから」
「かわいい。ちょっと目元が先輩に似てますね」
「口元は、ダンナなのよ。鼻の頭は、おばあちゃん」
「どっちの?」
「向こうの」
「ああ、それは」
微妙ですね、そう調子をあわせると、先輩はそうでしょう?と、くすくすと笑った。
先輩が好きだった。
この二つ年上の、小さな色白の彼女が好きだった。
きっかけなんてわからない。ただ彼女のふわふわの明るい色の長い髪の毛が、ピンク色のやわらかそうな頬が、柔らかいやさしい声が、好きだった。
いつも優しい甘い匂いがして、そこに居るだけで周りが幸せになれる、そんな素敵な人だった。
「やっぱり、痛かったですか?」
「ん、まあね。ちょっと切れちゃったし」
「ええっ、本当に?」
「うんそう。縫ったもの」
「うわあ…痛そう」
「そんなでもないけどね。へへ、ちょっとびびってる?」
とてもかわいらしくて、いつでも笑顔で、すごく優しい。
私はただの後輩で、声をかけることなんてできなくて、いつも遠くから眺めているだけだった。見ているだけで幸せだった。
『本、好きなの?』
先輩が図書委員をしていたことを聞き付けて、放課後せっせと図書館へ通ったものだった。
同じ曜日。同じ時間。同じ席に座って、同じ鞄を持って。読書をするふりをして、先輩をずっと眺めていた。一瞬でも目が合うと、もう文字なんて頭に入ってこないありさまで。
先輩がある日話しかけてきてくれたときは、本当に息が止まるかと思った。
『本、好きなの?いつも、ここに座って、いつも本を読んでいるよね』
先輩が話しかけてくれたあの日の帰り道、嬉しくて嬉しくて顔がにやけてどうしようもなくて、思わず心の中で叫びながら、走って帰ったことを思い出す。
やがてよく目が合うようになり、微笑みかけてくれるようになり、沢山話かけてくれるようになり。そして先輩が私を名前で呼んでくれるようになった頃、私は気付いたのだ。
これは、恋であると。
恋を自覚すると同時に、先輩は卒業になり、縮まっていった私たちの距離も、それ以上縮まることはなく。
それでも。それでも私は理由を作り、先輩と連絡をとり続け。
そして、あの日。
「ごめんね、急に。びっくりしたでしょう」
結婚したことも、妊娠したことも、何も告げられなかった。何年ぶりかに、久しぶりに連絡がきて、待ち合わせ先は病院で。行った先では、先輩がかわいい赤ちゃんを抱いて、立っていた。
「……みっちゃんにも、見てもらいたくて」
そう言って、照れ臭そうに笑った先輩は、嫌になるほどあのときのままで。
キスをした。手をつないだ。好きだと言った。
そして、拒絶され、離れていった、あの日のままで。
「嬉しいです、すごく。すごくかわいい。本当に嬉しい」
そして今。私の腕の中には、ちいさなちいさな宝物。
どういうつもりで、私を呼んだのか。
何も、考えてはいないのか。
あのときのことは、なかったことになっているのか。
私に、みじめな思いをさせたいのか。
腕の中には先輩の宝物。まだよく目も開いてないし、口も利けない。産まれたばかりのちいさないのち。口がきけないことに、目を開いてないことに、この子が今、私を見ていないことに、少しだけ、安堵する。
「……みっちゃん、今、幸せ?」
そう言って、先輩は私の頬を拭う。いつのまにか、私の目からは、涙がこぼれていた。
「元気にしてた?」
久しぶりに聞く声。やわらかい響き。優しい声。
「ごめんね、私、会いたかったんだよ」
大好きだった、私の先輩。
ごめんねなんて言わないで。
会いたかった。その一言だけで、充分だ。
先輩が何を考えているのかは分からない。本当はどういうつもりなのかも分からない。
でも。その一言。その一言だけで、死にそうになるくらい、とても嬉しい。
「…先輩、」
私は先輩の問いには答えずに、ただ腕の中のちいさな宝物を抱き締めた。愛しさをこめて。せつなさをこめて。嬉しさをこめて。
腕の中にはちいさな命。見れば見るほどいとおしい。
「キスしていいですか?この子のほっぺに」
だってとてもおいしそう。おどけるようにそう言って笑ってみせたら、先輩は何か言いたそうにして、私を見て微笑んだ。
答えは、聞かない。
私は、自分の腕の中の、ちいさなかわいい頬にキスをした。
腕のなかの宝物は、声もなく、かすかに笑う。やわらかくて、ちいさくて、やっぱり先輩と同じ、優しい甘い匂いがした。
end.
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