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豆ごはん

父は特発性血小板減少性紫斑病という難病だった。

それは血小板が減少して、血が止まりにくくなるという病気で
だから、手術や骨折ということになると
本当に大変なことになりますから、
充分な注意を払ってあげてくださいとドクターから言われて、
わたくしは、日々神経を張っていたのだった。

だから、どうしたって
あれはダメ、これはダメと言うことが
多くなった。

針を持ちたい?
ダメダメ
蒲団の中にでも針が迷子になったら、どうするの。

サボテンの土をかえたい?
ダメダメ
一体何を考えているのよ。
肺気腫で肺が悪いんだから、土埃が肺に良い訳ないでしょう。

ダメ
ダメよ
ダメに決まっているじゃないの。
ダメ
何度同じことを言わせるの??

繰り返し繰り返し
何度も何度も
次第に声は大きくなり
荒い言葉になった。

そんなある日
ふと思い立って

「お父さん、豆、剥いてくれる??」

「ああ、よかよ。」

ボールと豆を渡すと
父は、すっかり細くなった指で
丁寧に丁寧に豆を剥いた。

「お母さんの畑の豆も、たいしたもんになったなあ」

「・・そうねえ
あ、剥けた??」

「もう、ないのか?」

「じゃあ、もうちょっとやってくれる?」

豆がボールの中にこぼれて
乾いた音をたてる。

今なら
今なら判るんだ。お父さん。

「役に立ちたい」という想い。

それが、人を生かすのだよね。

それでも
やっぱりもう一度、あんな時間を持つとしたら
わたくしは、言ってしまうのかな。

ダメ
ダメよ
ダメに決まっているじゃないの。
ダメ
何度同じことを言わせるの??

あの時、出来上がった豆ごはん
いつもより沢山食べてくれたよね。

そんなことを
ふと想いだす、午後。

今年初めて食べた豆ごはん。

お父さん、ほら
豆の緑が綺麗でしょ。


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