久方ぶりに親父を訪ねる
みなさん、おはようございます。
kindle作家のTAKAYUKIでございます☆彡
玄関のドアを開けると、親父が椅子に座っていた。白髪に黒縁メガネ。スエットみたいな服を着用してテレビを見ている。テーブルの上には食べかけのミカンが半分置いてある。時刻は10時過ぎ。
「お元気ですか? ミカンを食べていると言うことは、水分補給かい?」
なんて聞いてみる。だって親父の右頬が膨れていたから。
「あ? 違うョ。昨日歯医者に行ったらョ、腫れちまったんだよ。喝ッ」
すると親父は腫れあがっている頬に左手を当てた。
親父は怒ると、喝ッ(かッ)と言うのだ。これは以前にも書いたけれども、『喝ッ』とは方言であり、「ムカつく、腹立つ、畜生、馬鹿」みたいな言葉を端的に要約した言葉なのだ。
実は僕、この言葉は魔法の言葉だと思っている。だってサ、人間生きていれば誰だって悪口を言ったり、罵詈雑言を言いたい時ってあるぢゃないですかあ。
それをサ、『喝ッ』と発することで、地元以外の人たちからしたら、何て言っているのか皆目分からないでしょ。痰でも絡まったのかなって思うでしょ?
つまり、自分の怒りを『喝ッ』の一言で要約し、誰も傷つけない魔法の言葉なのであります。仮に地元の人が『喝ッ』と聞いたとしたら、「おぅ、よく耐えたじゃねえか」って褒めてくれる事でしょう。
ただ、歯の治療に行ったのに、逆に症状が悪くなって帰ってくるとはネ。
「痛み止めもあるじゃん。飲んだ?」
僕の問いに、親父が左右に首を振りながら、内服薬の袋を手に取った。
「なんて書いてある? 見えねーョ」
親父が加えタバコをしながら、内服薬の袋を目に近づけた。
「危ない。火がつくぞ」
僕が言ったあとで、加えタバコをしていることに気づいた親父。
急いでタバコを灰皿の上に置いた親父。
僕は戸棚からグラスを取り出し、ウォーターサーバーの水を入れテーブルの上に置いた。
「食後に2錠飲む。ただし痛いときだけ。OK?」
「あいよ」
親父は内服薬の袋からカプセルを2錠取り出し、無事に痛み止めを飲んだ。
80歳を超えた親父。
数年前に大病を患い、何とか回復し退院した。体重は20キロ近くも落ち、その姿と言ったら、見ていて痛々しかった。
当時は要介護3の判定が下ったけれども、今は何とか一人で生活ができるまで回復した。まさに奇跡と言っていいだろう。
にも関わらず、今では再びメタボ腹となり、紙タバコも吸いながら晩酌までしている。日課だった散歩をしなくなり、庭には雑草が無造作に生い茂っている。
あれだけの大病を患い、苦しい経験をしながら、家族の支えがあって今日があると言うのに、人間は学習しているようで、実は何にも学習していないことを本日、僕は悟ったのであります。
だけど、これは親父の人生だ。
僕にできることは十分してきたつもりだ。勿論、この先も何かあればすぐに駆けつけるつもりだ。
だから親父には最後まで自由に、自分の生きたいように生きればいい。
「蕎麦でも食いに行く?」
親父の問いかけに、親父の顔がパッと明るくなった。
「あっこか? あの国道沿いの………」
言葉が出てこない親父。
「そうだよ。あそこの店だよ」
すると親父はゆっくり立ち上がり、隣の部屋に移動し、着替え始めた。
僕は庭に出て親父を待つ。外は快晴で温かくて無風だ。
野良猫たちが集まってきた。以前に見た野良猫たちはもうおらず、みんな初めましての野良猫しかいない。
「5月に入ったら草刈りだな」
なんて独り言を言ったところで、親父が玄関から出てきた。
着替えたとは言っても、ジャケットのような上着を1枚着ただけ。
親父はポケットから鍵を取り出し、ガチャガチャ音を発しながら鍵を閉める。
「あ?……… 元栓は閉めたか?」
振り返った親父が僕に聞いてくる。
「大丈夫、閉まっていたョ」
すると、また親父の方言がさく裂した。
「そうか。はぁこえッ」
「はぁこえッ」とは、「疲れた」という意味。親父にとって椅子から立ち上がり、隣の部屋で着替えてから玄関の鍵を閉めた。そして元栓を閉めたか否かの記憶が無く、僕に確認して一安心したのだろう。
それで「はぁこえッ」と言ったのだ。それはつまり、それだけ親父が弱ってしまったという証左になる。
「近いから歩こうか?」
僕が歩き出すと、親父も黙ってついてくる。
僕と親父の目の前に、桜が舞い降りてくる。こんな季節に親父と一緒に歩いた記憶なんて全く無い。そう思うと、この何気なくお蕎麦を食べに歩いていることも、見方を変えれば親孝行のひとつなのかも知れない。
振り返ると、親父が立ち止まって桜の木を見上げていた。
僕は親父が納得するまで、その場で待つことにした。
このゆっくりと流れる時間に身を任せてみよう。僕はいま親父と同じ時間を過ごしているけど、だけど確実に親父の時計の方が、午前0時に近いのだから………。
親父がゆっくりと歩き出した。
「あそこだよ」
ようやくお蕎麦屋さんの外観が見えた。実は家から300m程しか歩いていないけど、親父にとっては良い運動となる。
店の前で僕は親父を待った。
親父を先に通す為、お蕎麦屋さんの出入り口に手をかけた。
何の反応もしない。
「親父、定休日だわ」
「喝ッ」
親父の今日一番の「喝ッ」がさく裂した。僕は手を叩きながら大笑いをしてしまった。
仕方が無く、3件先のラーメン屋さんに入店した。
僕は味噌ラーメン。親父は醬油ラーメンを注文。
親父の食べっぷりに、僕は確信した。
まだまだ親父は生きる。そして絶対、長生きするとネ………。
【了】
https://note.com/kind_willet742/n/n279caad02bb7
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