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おじいさんと柿

いつもの場所でいつも同じ格好


僕が20代の頃の話だ。

今日も僕は営業車を走らせていた。

ランチを決めかね、県道を走行している時だった。

平屋の玄関前に、パイプ椅子を置いて腰かけているおじいさんを見かけた。

おじいさんは坊主頭で色黒。

70代と思われる。

日向ぼっこをしながら、通りゆく車に目を細めている。

秋の陽気を感じながら、たそがれているのだろう。


それから県道を走行する度に、おじいさんを見かけるようになった。

いつもの場所で、いつも同じ格好。

おおむね、おじいさんは微笑んでいるように見える。

声をかけてみたいけど、近くに停車できるスペースもお店もない。

僕はバックミラーで後続車がいないのを確認後、減速した。

そしておじいさんに見えるよう僕は左手をあげてみた。

すると、おじいさんも右手をあげてくれた。

僕は得した気分になった。


1週間も経つと、おじいさんは僕の車を覚え、僕よりも先に右手をあげて微笑んでくれるようになった。

その微笑みはまるで戎様の笑顔のようだ。

たまに似たような車に向かって手をあげているけど…。

僕はおじいさんを見るために、毎日この県道を走行するようになった。


ある日、僕の車を見たおじいさんがパイプ椅子から立ち上がったのだ。

そして大きく手招きをしたのである。

近くに停車できる場所もないので、僕は左手をあげて謝った。

翌日、僕の車を見たおじいさんが、またパイプ椅子から立ち上がっだ。

僕は減速をして、助手席のウインドーを下げた。

おじいさんが上着のポケットをまさぐった。

出てきたのは、柿だった。

オレンジ色の大きな柿。

「今度取りに行きます」

僕の声に、おじいさんはいつも以上に微笑んだ。


2日後、僕はコンビニで黒飴を購入した。

駐車場に車を置いたまま、僕はおじいさんの家に向かった。

今は昼休み中だ。何も悪いことはしていない。

コンビニからおじいさんの家までは一直線だけど、400mはある。

僕の視界が平屋を捉えた。

いつものパイプ椅子が見えたけど、おじいさんが座っていない。

僕は玄関のチャイムを鳴らした。

誰も出てこない。

「どうしたの?」

振り返ると、腰の曲がったおばあさんが立っていた。

「ここなら空き家だよ」

おばあさんが教えてくれた。

おばあさんが持っている透明なビニール袋には、柿が詰まっている。

僕は尋ねた。

「でも、おじいさんがいつもこのパイプ椅子に座って………」

「ずいぶん前に亡くなったわよ」

おばあさんがゆっくりと遠ざかって行った。


以来、僕はこの県道を走行していない。


「了」


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