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ゴッドハンド

目の前に現れた男女

電車が出発した。
満員電車の席に座ってスマートフォンを見ている僕。
僕の視界に茶色の革靴と、黒色のロングブーツが目に入った。
「昨日はありがとう」
女性の言葉に、男性は無言だ。
「もっと時間があればね☆」
女性の問いかけに、またも男性は無言を貫いた。

僕はスマートフォンから顔を上げた。
すると、女性の手が男性の股間をまさぐっていた。
女性はにやけながら、慣れた手つきでまさぐっている。
僕は笑うのを堪えた。
朝から何をしているの?
男性が無言だったのは、彼女に股間をまさぐられていたからだ。
男性は車窓からの景色をガン見している。
こんなところで触られて、気持ちいいのだろうか?
もしかして彼女の手は、いわゆるゴッドハンドなのか?
女性はおそらく30代。
白のコートに赤いマフラー、水色のスカート。
男性はおそらく20代前半。
上下紺のスーツに、黒のリュックサック。

僕の視線の先で、すぐ目の前で、痴女行為が行われている。
毎日苦痛で退屈を強いられている通勤時間に、光明が差した。
これは面白いぞ!!!


カップル? それともセ〇レ

僕は視線をスマートフォンに戻した。
しかし、インスタグラムの写真が全く頭に入ってこない。
そう、この変態カップルが気になってしょうがないからだ。

僕は首が凝ったという演技をしながら、スマートフォンから視線を上げた。彼女のゴッドハンドは、男性のお腹をさすっていた。
そして男性の股間が、テントを張っていた。
まるでキャンプ場の布テントのように、ピンと張っている。
僕はまたも笑いを堪えた。
女性は相変わらずにやけながら、男性の顔を見つめ続けている。
男性は微動だにせず、表情ひとつ変えず、ずっと車窓からの景色をガン見し続けている。
これって何かの罰ゲームなの?
それとも、AVの撮影中なの?
君たちは、ユーチューバーなの?

次の駅に到着するというアナウンスが流れた。
僕は次の駅で下車しなければならない。
もっと見ていたい………。

「私たちって、本当にいい関係だよね♡」
女性がまたもにやけながら、男性に問いかけた。
もちろん女性の手は、男性の股間に戻っている。
男性はまだ無言を貫いている。
乗車して3分以上経過しているのに………。
そんなに気持ちいいの?
ってか、いつまで触ってるん?
ってか、いつまでテント張ってるん?
僕はこの時、2人はカップルではなく、セ〇レの関係かも知れないと感じた。


まさかの展開に僕は万事休す

すると、電車が大きく揺れた。
2人とも、そのまま後方に揺れた。
男性の股間から、ゴッドハンドが離れた。

その反動で、今度は前方に2人が揺れ出した。
「うわっ」
僕は小さい声を出してしまった。
だってそうだろう?
僕の目の前には何があった?
そう、ゴッドハンドによって完成された、ピンと張った布テントの股間だ。
その股間が、僕の顔をめがけてきているのだ。
それも後方に揺れた分、加速つきだ。
ブランコのように加速つきだ。
僕はこの時、《ほら、加速度をつけて~あなたを~好きになる》という歌詞を思い出した。

やばい。
このままでは本当にやばい。
僕は頭を後ろに下げた。
ゴンという鈍い音が聞こえた。
迫りくる布テント………。
もはや男性の股間が布テントではなく、天狗の鼻に見えてきた。
僕の顔と天狗の鼻との距離は、50センチを切った。
せめて半分の大きさにならないだろうか?
それには時間が足りないか。
天狗の鼻が、僕の眉間めがけて突っ込んできた!
嗚呼…もうダメだ。
神様仏様南無妙法蓮華経………。

その刹那、僕の目の前に大きな手が現れた。
見慣れた手だと僕は思った。
そう、女性のゴッドハンドが突如現れたのである。
僕の顔にぶるかる寸前で男性の股間を、天狗の鼻をゴッドハンドが掴んだのだ。

「ううっ…」
これが男性の第一声だった。
ポーカーフェイスが一転、苦悶の表情を浮かべている男性。
女性は真顔になって、男性の腰を叩いている。
僕とゴッドハンドの距離は、15センチを切っていた。
朝から天狗の鼻が顔に当たっていたら、僕は心が折れて立ち上がれず、そのまま終点まで座り続けていただろう。

ナイス、ゴッドハンド!

僕は心の中で叫んだ。

電車がプラットフォームに入った。
「そういう意味では、僕たちは良い関係かも」
男性が第二声を発した。
男性は何かを乗り越えた後の、達成感に似た表情を浮かべている。
僕は思った。君、けっこう男前じゃないか。
「でしょ? だから言ったでしょ?」
女性はそう言うと、再び男性の股間にゴッドハンドを伸ばした。
「しつこい!」
男性の手が、彼女のゴッドハンドを払った。
女性が仏頂面になった。

電車が停止した。
僕は咳払いをしてから席を立った。
僕の腰に、男性の股間が触れた。
それはまだ天狗の鼻の状態だった………。


【了】

https://note.com/kind_willet742/n/n279caad02bb7?sub_rt=share_pw

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