浮遊層
近頃、浮遊する人が増えている。バックパック型のドローンが発売されて以来、空に人影が飛び回っている。あまりに危険なため、販売中止。自主回収をすすめているが、あとの祭。
その上自主製作する輩がでる始末。最早手の打ちようがない。
勝手にビルの屋上で寝たり、食料を盗み、日がな一日宙に浮いて過ごす。自由奔放、迷惑千万、悠々自適、爽やかな屑ども。
少年エフは、橋の欄干に体をあずけて、微かに匂う眼下の川を見ていた。
西側のビル群に、浮遊層の人影がいくらかあった。
手前の河川敷にも、一人浮いていたが、数人の中学生ぐらいの少年たちが次々と投石を始める。運悪くバックパックにその一つが直撃し、火花が散り、落下した。中年男性だった。両足を骨折し、双方、あらぬ方向に折れ曲がり意識はないようだった。
少年たちは蜘蛛の子を散らすように消えていった。
ブルーのパーカーとグレーのデニム、イエローのリュックサックの少年エフは、救急車を呼んであげることにした。
目もくれず、自宅のある団地へ帰っていく。
『浮遊層狩りが多発し、死亡事故が後を絶ちません』
緑が茂りだす季節、アナウンサーがテレビで言っていた。
団地の5階の角部屋で、少年エフはカップラーメンを食べるため、お湯を沸かしていた。
甲高い沸騰音が響くと同時に、ベランダに人影が見える。蓋を開けて、スープの粉とかやくを入れ、お湯を注ぐ。3分待つ間に、ベランダを確認しようと居間のほうへ歩きだす。引き戸をたたく音。
「誰?」
少女だった。
上下ライトグリーンのスウェットを着た。少年エフは引き戸を開ける。
「この通りなの。助けて」
少女はどうやら浮遊層で、バックパックは故障しているようだ。派手に凹んで、使い物にならなそうだ。少年エフはどうしてよいか分からず、カップラーメンを口にする。
「おいしそうだね!」
ローテーブルでラーメンをすする少年エフの横で、目を輝かせている。
「もうひとつあるから、食べるなら自分でお湯沸かして」
少女はつくったカップラーメンをすすりながら、
「私はアイ、君は?」
「俺は、エフ」
その後は、まるで兄妹のように仲良くシューティングゲームを楽しみ、あっという間に時間が過ぎた。
夕間暮れ、ベランダに新客が現れた。スーツ姿の中年男性で、バックパックを背負っていた。
「パパ、、」
「こんなところにいたのかアイ、帰るぞ」
パパはずかずか入り込んできて、ひょいとアイを抱き上げた。お姫様だっこの格好で、アイは少年エフを見た。
「また会えたら、いいね!」
「うん」
「迷惑をかけたね、では」
パパはそのまま、アイを抱いたまま飛び立っていった。アイは手を振っているように見えて、少年エフも手を振った。
疾風のような出来事に、心にエアーポケットができたようだ。
陽が落ちたあと、母親から遅くなるとの連絡があり、少年エフは夕食の買い出しのため、家をでる。
デバイスで地図アプリを起動させようとすると、突然、回線が遮断された。
「なんだ?」
ふと、満月の夜空を見上げると、
人影が次々と落下していく。ビル群も、住宅街も、光りが消えた。仕方なく帰ることにした少年エフは少女アイが心配になった。
(墜落死してなきゃいいけどな、、)
母親が帰宅したのは日付が超えたころ、電車がとまっていて、歩いて帰ってきたそうで機嫌が悪い。
電力が回復したのは翌朝のこと、
『昨夜、過激派による電磁パルス・テロが発生し、、、』
アナウンサーがテレビで言っている。
学校帰り。
高架下の短いトンネルに、アイの姿があった。少年エフは安堵して、
「生きてたんだ。よかった」
「うん。パパが下敷きになってくれたから、無傷だったよ」
「ごめん」
「謝らなくていいよ。もう舐められたり、まさぐられたり、舐めさせられたりしなくて済むし」
少年エフが返答に困っていると、アイはエフの腕を組み歩きだした。
トンネルを抜けると、工業地帯だった。
大型プラントが林立し、入り組んだパイプやダクト、白煙を噴き上げる煙突。作業用の明かりが灯り、夕間暮れの空に無機質なプラントは幻想的に変化していく。
二人はそれをしばらく楽しんで、
「ねー、友達になってよ」
アイが言った。
「いいよ」
少年エフがそう応えて歩きだす。
暗くなりだした夜空に、あれだけのテロがあったというのに飽き足りない
《浮遊層》が、その人影がいくつも舞っていた。
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