小惑星に激突して以来、この宇宙船はコントロールを失っていた。当然のように搭乗員は全滅し、男は単なる一般人だった。
 ロボットは若干、火花を散らしながら言った。
「火星行きというより、地獄行きという様相ですね」
 ドアはひび割れ、天井は波打ち、パイプや配線が寝起きの髪のように吐き出されている。
 激突がおこった瞬間、男は食堂で食事をとっていたため、スープとコップのコーラが床にぶちまけられて混ざり、広がり、テーブルや椅子や給仕ロボットが、シェイクされた。それらが圧縮された空間をなんとか、その細い体ですりぬけ、倉庫に辿り着いた。
 キャビネットやコンテナが破壊した天井や壁を押しとどめ、なんとか人が立てる空間を残している。
 男はロボットと共に、呆然と途方に暮れる。
「ところで救助隊はこないのか、さっき何か、通信していただろう」
 ロボットは十秒ほど沈黙したのち、神妙な声色で答えた。
「あと一日で月面基地から来るそうです。安心してください」
 男の心は一気に晴れていった。灰色の雲は消え、神々しい光りが差す。つい笑顔になり、笑いが零れた。
 直立したロボットも、それにつられたように笑いだした。それにも限界がやってきて、喋ることもないため、沈黙が流れた。
 正体不明に機械音と、何かが外れる音、船外で何かが当たった音。
 男は、この船が宇宙空間にあることを、改めて認識し、不安に駆られた。
「救助隊はどこから入って、助けてくれるのかな」
「船尾のデッキからでしょうね、構造的に」
 男はそれを聞いて不安を押し殺すように、その場で、予備のマットレスを敷いて横になった。
 空腹と少しの体の痛みはあったが、睡魔に身をまかせることにした。
 数時間後、
 男は目覚めた。
 相変わらず、ロボットが傍で直立していた。
「あ、救助隊、もう、来たか?」
「まだです」
「そうか」
 男は体をおこし、枕元に置いておいた水を飲みほした。呑気に欠伸をかき、両手をあげて伸びをした。頭を掻いて、また、欠伸をした。
「あとどれくらいで来るかな」
「あと1時間ほどです」
 男は遅れてはいけないと、ロボットを伴い、船尾のデッキを目指した。所々床に転がっている死体に手を合わせ、破壊された通路は人が一人通れるほどのスペースしかなく、あくせくしながら、船内図を思い出しつつ船尾デッキに、無事、辿り着いた。
 ドーム型の透明な窓には、宝石を砕いてばら撒いたような銀河が広がっていた。男は感動し、子供のように笑顔を転がした。
 そして、ロボットの言った時間がやってきた。
「で、救助隊は?」
 ロボットは十秒ほど沈黙した。
 そして、甲高い、間の抜けた、裏返ったような声で言った。
「嘘です」
「なぜ」
「安心させるためです」
「嘘だろ」
「本当です」
「嘘と言ってくれ」
「無理です、救助隊は来ません。シグナルを出す装置が故障したので」
「嘘だろ―――」
 男はへたりこみ、か細い声で「嘘だろ」と連呼するしかなかった。
 

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