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第二灰 『砂のように舞え』


「なぁ、寄り道してもいいか?」

 道が南北に別れる分岐点の手前で唐突にロージャが言う。

「寄り道? どこに?」
「乳酒が欲しいんだよ」

 一応伺いは立てたもののロージャに相方の返事を聞く気はない。当然ダーウィも同意するものと、迷いなく北の道を行く。ダーウィがあからさまに溜息をつくとロージャは自分の三倍はある荷物を持ち直し、ニヤリと笑った。彫りの深い鋭い目元が柔和に和らぐ。

「お前、荷物多いよな」

 その美しい顔にちょっとした嫉妬を込めて、ダーウィは揶揄うように呟く。

 何が詰まっているのか知らないが、背中の荷物だけが無駄に目を引いて、筋肉質な長身と合わせると巨大亀か何かに見える。顔の良い亀だ。

「妻子持ちは色々あんだよ、お若いの」
「俺とそう歳変わらないだろうが」

 ダーウィがずいと顔を近づけて唸るとロージャは首をすくめて片眉を吊り上げる。やれやれとでも言いたげだ。そんな彼の悪戯っぽく細められた濃いブラウンの瞳は楽しげに輝いていた。きっとその瞳の奥には栗色の髪の女性とまだ幼い娘が映っているのだろう。

「三ヶ月ぶりだな」
「おチビは大きくなっているだろうな」

 シャープな見た目からはとても想像できない甘い声にダーウィは思わず笑ってしまった。

 これほど暖かい日の光を浴びるのは随分と久しぶりな気がする。もっとも暖かいというには気温が高すぎるが、露出した肌を包むような柔らかい太陽を最後に感じたのはもう三ヶ月も前のことらしい。

 日中でも薄暗く陰気な雰囲気を醸している未開の森とその側のキャンプを思えば王都に続く街道は随分と華やかに見える。石畳の隙間からのぞく草花は夏の訪れを知らせているようで、初夏に相応しい生命の輝きを呈していた。

 王室直属の兵士には三ヶ月ごとに二週間ほどの休暇が与えられる。国の東の果て、『未開の森』と呼ばれるその場所を駐屯地とするダーウィ達、第七部隊にとって、休暇だけが唯一の慰めと言っても過言ではない。街も遠く、文明と隔絶されたあの地に進んで留まりたい人間がいるとは思えない。

 そして、その傾向は血液の『純度』が高ければ高いほど強まるらしい。ふと、ダーウィの脳裏につい数時間前の出来事が蘇った。

「どうした、辛気臭い顔して。さっきのことまだ気にしてんのか?」

 ロージャが問いかける。そんなに顔に出ていたのだろうか。

「ほっとけ、あんなの。今頃あの馬鹿デカい蜘蛛にビビって腰抜かしてるところさ」

 ダーウィは毛むくじゃらの真っ黒い体に長い足を生やしたあの生き物を目に浮かべ、身震いした。あの蜘蛛はおそらく未開の森の周辺にしか生息していない。人体に害はないが、ただひたすら見た目が気持ち悪くて仕方がなかった。

 なるほど、第五部隊の奴らは今頃あいつに腰を抜かしているというわけか。いい気味だ。なんと喚こうが、所詮は第七部隊の穴埋めをさせられる御身分に過ぎないのだ。


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