家族の絆

「父を・・・父を殺しました。」
20歳くらいと思われる若い女性が交番に駆け込んできた。
胸に産まれて数ヶ月と思われる乳児を抱いている。
交番には新人で配属されて半年の私しかいない。
私は急いで上司に連絡を取り応援をお願いする。
そして女性の話を聞いた。
彼女は取り乱していたが、自宅で父と争い包丁で刺したのだと言った。
応援の警官が来て、現場に向かう。
彼女の自宅に入ると、むわっと血の匂いがした。
血の海に男性が1人倒れている。
見るからに死んでいた。
彼の身体には今も包丁が突き刺さっている。
初めて見る生々しい死体に私は耐えきれずえづいた。
しかし、隣にいる加害女性は冷めた目でその遺体を眺めていたのが印象に残った。
彼女はその場で殺人容疑での逮捕となった。
乳児は保護施設に預けられた。

彼女は取り調べに黙秘した。
ただ、父を亡くし子どもも手元から居なくなり悲しんでいるように見えた。
少しのやり取りでも特に子どもへの愛情は深く、とても心配しているように思えた。
近所や知り合いへの聞き込みも行った。
彼女は中学生で母を亡くし、父娘2人で生活していた。
父は真面目に働くサラリーマンで、父娘とも評判は良く特に問題なさそうに思えた。
近所の人も「仲良さそうなごく普通の父娘だった」と言っていた。
しかし被害者の身体に付いた刺し傷は数え切れず、酷い殺意を感じた。

取り調べ中、父がよく行く飲み屋で常連の仲間に言ったという「娘が父親の分からない子を産んでうちで育てている。」という証言を彼女に伝えたときだった。
彼女は顔色をさっと変え、怒り、憎しみの表情を浮かべた。
「・・・ふざけるな!あれはお前のせいで!!」
彼女はドスの効いた声で怒りを抑えきれないように握りこぶしを作り俯いた。そうして10分ほど経ったあと
「あの子の父親は私の父です。」と切り出した。
「14歳の時、母が病気で亡くなりました。家事が全く出来なかった父の代わりに家事の全てを私がやるようになりました。高校生になった時、父は私を完全に母の身代わりにしはじめたのです。
・・・そうして妊娠したのがあの子です・・・。
あの日、父が子どもの目の前で襲ってきて耐えきれず・・・殺しました。
一度刺してもまだ動き出して襲ってきそうで怖くてひたすら刺しました。」
すぐに彼女の子どもと被害者の親子鑑定が行われた。
すると彼女の証言通り、親子だった。
彼女はうなだれ罰を受け入れると言った。私は少しでも彼女の刑が軽くなればと願った。

数日後、事件について本人に聞きたいと警察幹部が来た。
私は警察幹部の男性と一緒に取調室に入り、加害女性に向き合う。
そこで彼からここでの会話は絶対口外するなと念を押され、彼は加害女性に話し始めた。
「あなたが今回行ったのは父親の殺害。これは間違いないですね。」
「はい。」
「しかし、捜査した中であなたが殺害した動機について同情する部分が大きいと判断しました。そこで提案です。あなたには2つの選択肢があります。1つは通常の裁判を受け、罪を償う方法です。もう一つは特例です。
国はあなたに全く新しい戸籍を用意出来ます。
その場合、あなたのこの事件についてもっと悪質なものとし、死刑になっていただきます。・・・と言っても死刑になるのはあなた自身ではなく、これまでのあなたの存在です。
あなたは生まれ変わった一人の女性として新しく生きていけます。その代わり、親族、友人、子どもなどあなたを知る全ての人達との関わりを全て断っていただきます。もし発覚した場合、速やかにあなたの存在はなかったものとします。あなたはどうしますか。」
「そんなの決まってるわ!あの男の血を継いだ私も子どもも要らないの!!新しい人生を生きるわ!!」

彼女が別の警官に連れられ出ていったのを見計らい私は口を開いた。
「あんな特例があるとは知りませんでした。」
「ある条件下でしか使われない特例だ。それは親殺し。親殺しには再犯がないからね。」

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