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信頼 【ショートショート】

 僕は家庭教師として結果を出せなかった。
 過去に教えた6人の生徒は全員、第一志望校を落としている。
 そして、今僕の眼前に映る7人目の少女も。

「模試の結果、第一志望はE判定でした」

「ごめん……もう間に合わないよね」

 僕はいつも謝ることしか出来なかった。

「第二志望の南高校がC判定、第三の中央高校はAです」

 公立の入試まであと3週間、少女は究極の選択を強いられていた。

「親は中央は反対で、南高か高専に行けと言っています」

 既に高専の合格通知が届いていたが、その入学説明会が公立の入試と同日の為、事前にどちらかを決めなければならない理不尽なシステムだった。
 結果を出せないならせめて、少女を正しい道へ導いてあげたい。

「実は僕、高専に居たことがあるんだ」

 ***

 家庭教師の業界もここ数年で風当たりが強くなった。何人の生徒を難関校に輩出したかという“実績”が全てとなってしまい、上層部の言うことは以前にも増して厳しくなった。

「お前、今教えている7人目の結果いかんでは、異動の可能性も考えておけよ」

「合格させれば大丈夫ですか?」

「どこを受けるつもりだ」

「彼女は中央なら射程圏内ですが」

「中央!? 寝言は寝て言えよ。せめて南に合格させるか、高専に合格しているならそっちを選ばせろ」

 実績が無いと生徒が集まらず、売上も伸びない。あくまでも社の存続の為に激怒する上司。終わりなき不景気は数多の人間の精神を崩壊させていた。
 だが本当にそれで良いのだろうか。

 ***

「実は僕、高専に居たことがあるんだ」

「そうなんですか? どうでした?」

「あそこは本当に心の底から専門分野が好きじゃないと続けていけない厳しい世界だ。君は電気の回路に興味はあるか?」

「無いです」

「製図は?」

「ありません」

「プログラミングは?」

「全く」

「何よりも将来の夢は?」

「うーん、まだふんわりとしていて」

「結局親に言われているだけだろう。夢さえも決まっていないのなら、公立に行くべきだ。安全パイの中央を確実に獲りに行くか、それとも南高に挑戦するか、それは君が決めて欲しい。未来へのドアを開けるのは他でもない君なのだから」

 ***

 3週間後、7人目の少女は中央高校を受験し、合格した。
 彼女が高校生活の途中で夢を見つけ、猛勉強して一流の大学に合格し、笑顔で僕の元に報告に来るのは、もう数年先の話だ。

 一方の僕はというと、とある田舎町の支部へ異動を命じられ、区域内にたった一つしかない高校に合格するかしないかというとても分かりやすい条件の下、生徒を教えている。

 これで良かったのだ。上司のくだらない声に惑わされ、目先の結果だけにこだわっていたら、生徒との信頼関係は築けない。もし少女を高専に進学させていたのなら、実績としての結果は残せても、電気に興味の無い少女が5年間も続けていられる保証は無い。高い確率で僕に騙されたと思うことだろう。僕はその場の実績よりも長期のスパンで信頼を築くことを大事にしたい。そういう意味ではこの仕事は向いていないのかもしれない。

「ちょっと業績が落ち気味だから、もう区域内にこだわらず、全生徒に東京の難関高校を受けさせろ!」

 ああ、ここでも僕は怒られ続けるのだろう。既に覚悟は決めていた。

(1309字)

※『即興小説トレーニング』にて2014年頃に執筆した作品を一部加筆修正したもの。
※お題:くだらない声  必須要素:ドア  制限時間:1時間

あとがき

 本来執筆していた作品が間に合わなかったため、『即興小説トレーニング』の過去作を2本、ほぼそのまま投稿することにしました(このあともう1本投稿します)。

 本作は私の高専中退の経験が元になっています。ちょうど二日前の記事で振り返っています。

 今後のショートショートですが、とりあえず1500字以上の縛りを一旦外し、また内容も自分の中の合格ラインを下げてみます。詳しくは日曜にお気持ち表明するかもしれません。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

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