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浅草橋のおかあちゃん

ボクは居酒屋が好きだ。
正確に言うと居酒屋の雰囲気が好きだ。
お酒とかおつまみももちろん大事だけれども、雰囲気がよいお店はそれだけで楽しくなってしまう。

今は駅前のマンションになってしまった場所に老夫婦で切り盛りしている居酒屋があった。
同僚と帰り道に途中下車してまで立ち寄るほど、ボクはその居酒屋が好きだった。愛想はないが料理の腕は抜群のおやじさんとなにかと憎まれ口を叩いてはおまけをしてくれるおせっかいなおかあちゃんのいるお店だった。

最初にお通しで出してくれるのが、ひねり揚げだった。
どこにでも売っているおせんべいなのだがおかあちゃんが出してくれるひねり揚げは特別うまかった。
お金がないときでもお通しだからとほかのお客さんにだまって、そっと出してくれるおかあちゃんが大好きだった。

通いだして1年ほど経過したころ、再開発の話を聞いた。
おかあちゃんはまだまだ現役で頑張れるが、おやじさんが体調不良を訴えており、店をたたむことにしたと告げられた。
その頃、飲み会の幹事をしまくっていたこともあり、同僚何人かでおかあちゃんのお店で忘年会をする企画を立てた。

忘年会の下打ち合わせにお店に行った。
お店は閉店していた。

そりゃないぜ、おかあちゃん。
お別れの挨拶すらできないなんて。
あんまりじゃないか。

ふと思い出した。
こんなこともあろうかと埼玉の自宅の連絡先をきいていたのだった。
早速連絡したみた。

おかあちゃんが電話にでることはなかった。

それから数日経った頃、おかあちゃんから折り返し連絡がきた。
話をきくと営業中におやじさんが急に体調が悪くなり、そのまま入院してしまったらしい。だいぶ無理をしていたのだろう。
おかあちゃんは安心したのか、電話口で泣いていた。
安心と心配の感情で心がぐしゃぐしゃになったボクも思わず泣いていた。
そんなときなのに、おかあちゃんはボクの体調のことを心配してくれた。

結局、お店はそのまま閉店することになった。
その後、ボクは同僚と浅草で馴染みになれそうなお店を探したが、おかあちゃんのお店以上のお店には出会えなかった。

冬が近づくといまでもボクはおかあちゃんを思いだす。

なあ、おかあちゃん。
元気かい?
いまでもすごくひねり揚げ食べたくなる時あるんだよ。
コンビニで自分で買って食べてもさ、全然おいしくないんだ。
なんでだろ?
おかあちゃんが袋から皿に盛りつけてるだけなのにね。
会いたいなぁ。

浅草橋のおかあちゃん。

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