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渋谷で17時(第3話)朧月 🍕-4【シロクマ文芸部】

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「朧月だったのよね…」
「突然、なんですか?」

「このビスマルクが月みたいに見えたから思い出したの」
「だから、なんの話っすか?」

「さっき配達に行ったとき、月が霞んで見えたから明日は雨が降るかなって思ったのよ」
「霞んでなんかいませんでしたよ。はっきりとした綺麗な満月でしたよ」

「またー」
「先輩、視力が落ちたんじゃないっすか?」

未希は一昨年、大学に入学してすぐに宅配ピザ屋でバイトを始めた。もう、丸2年が経っていた。おっちょこちょいの性格でときどきミスをしては店長に怒られていた。その店長だが電話越しに謝っていて、未希をにらみつけている。

「誠に申し訳ございません。はい。すぐにお届けします」
「やばっ」

「未希ッ!またドリンクを入れ間違えたろ!」
「すみません…」

「注文は『強炭酸』だろ!」
「だって『強』と『弱』のマークが似てるんですよ…」

「だってじゃない!さっさと『強炭酸』を届けに行ってこい!」
「がってん承知!」

スクーターに乗って『強炭酸』とお詫びのピザ1枚無料券を持ってクレーム先に向かった。

………

「どうだった。まだ怒ってたか?」
「無料券を渡したら、丸く収まりました」

ミスを繰り返すものの、未希には持ち前の愛嬌があり、これまで大きなトラブルに発展することはなかった。バイトが続いているのもその性格からだろう。

「先輩、またやったんすか」
「だって『強』と『弱』のマークが似てるんだもん」

「やっぱり視力が落ちてるんじゃ、あっ、そうだ先輩。一生のお願いがあるんですけど」
「あんた一生、一生って、何回生まれ変わっているのよ」

「今度の土曜日なんですけど、シフトを代わってもらえませんか」
「なんで?もしかしてデート!」

「違いますよ」
「なんだ、つまんない。じゃあ、他になにがあるのよ?」

「推しの『詩』が渋谷のスクランブル交差点でゲリラライブをやるんですよ」
「なにそれ?」

「土曜日の17時にシークレットライブをやるらしいんです」
「まったく迷惑な話ねぇ」

「生で見届けたいじゃないですか。一生のお願いです。シフト、代わってください」
「しょうがないわねぇ。いいわよ。この前の借りがあるから」

「あざっす」
「まったく、渋谷で17時になにをするんだか…」

(つづく)



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