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渋谷で17時(第4話)桜色 💗-3【シロクマ文芸部】

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桜色。あなたの今の気分は何色ですか?と問われればそう答えるだろう。とうとう俺にもこの世の春がやってきた。彼女いない歴26年にピリオドを打つときがようやくきたのだ!

元々、人と話をするのが苦手だった。小学生のときは授業が終わると一目散に家に帰ってテレビを見ていた。アニメや再放送のドラマを見るのが好きだった。中学生になっても、生活習慣はほとんど変わらなかった。

地元から少し離れた高校に進学して、ようやく友人と遊ぶようになったが女子と話をすることはなかった。理系の大学に進路を決めてからは周りには野郎しかいなかったので女子と話をする機会すらなくなっていた。それでも野郎とつるむことの方が楽しかったので全く問題なかった。

社会人になってからも女性との出会いはなく、大学時代の仲間同士でキャンプに行ったり、スポーツ観戦したりしていた。まあ、結婚したくなったら結婚相談所にお世話になればいいかと考えている程度だった。

「…おい、…厚貴っ」
「…?」

「厚貴っ、お前の番だぞ」
「あぁ、ごめん。考えごとしてた」

厚貴は勤め先の工場で自衛消防隊に所属しており、救命救急講習を受けていた。実際にAEDを使用することや心臓マッサージをする機会なんて訪れることはないだろう、と思いながらも、自衛消防隊に所属した社員は全員、救命救急講習が必須であり仕方なく受講しているというのが本音だった。

「そこのあなた、AEDを持ってきてください」

依頼する人に指差してお願いするのがポイントだ。「だれか!AEDを持ってきてください」と依頼するとお互い譲り合ってしまい、結局、誰も持ってきてくれないからだ。

「1、2、3、4、…」

両手を重ねて人形の胸を中央辺りを力強く圧迫する。強く、速く、絶え間なく行うことで蘇生率が大幅に向上する。心臓マッサージを繰り返しながら厚貴は週末のことを考えていた。

莉音とはSNS上で知り合った。アニメが共通の趣味であることがわかり、昨年公開されたバスケアニメ映画についてコメント欄で盛り上がった。今年はバレーアニメ映画が公開されることになり、思い切ってダイレクトメッセージで一緒に映画館に行きませんか?と誘ってみたら、なんとOKの返事をもらったのだ。

映画を観たあと、食事に誘って、それから…

「厚貴っ、心臓マッサージはもういいぞ」
「あぁ、ごめん。考えごとしてた」

待ち合わせは渋谷で17時。早く、土曜日が来ないかな。

(つづく)



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