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渋谷で17時(第13話)金魚鉢 👮‍♂️16:55【シロクマ文芸部】

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「金魚鉢かぁ、器用にできてるなあ」
「かわいいでしょ」
「そうだね、とってもかわいいねぇ。ねえ、先輩。あれ、弘樹先輩っ」
「ん。洋太、なんだ?」
「これですよ。この娘が持っているバルーンアートの金魚鉢ですよ」
「おまわりさん、かわいいでしょ」
「ん。かわいいね」
「お嬢ちゃん、見せてくれてありがとう」
「うん。じゃあ、いくね。おまわりさん、バイバーイ」
「バイバーイ」
「ん。ああ、気を付けるんだよ」

バルーンアートの金魚鉢を持った女の子は両親の元に戻っていった。

「先輩どうしたんですか?厳しい顔して」
「ん。ああ、なんだか平和だなって思ってさ」

「平和でなによりじゃないですか」
「まあ、そうなんだけどな。平和すぎるよな」

「何かあったんですか?」
「ん。いや、ちょっと、巡回してくる」

同期の刑事である伸三から17時に何かが起こるかもしれないと聞いたからには、じっとしている訳にはいかなかった。弘樹は渋谷駅前交番を出るとハチ公前広場を反時計回りに歩き始めた。

スクランブル交差点の手前で左に曲がると、ハチ公像の裏側あたりで道路の柵に自転車が停められていた。「ここは駐輪禁止だぞ」とつぶやくと、忍者ハッタリくんのコスプレイヤーが自転車に近づいて空気入れを取り外そうとしていた。

「すみません。何をされているんですか?」

振り向いたハッタリくんは明らかに動揺していた。あやしい。

「いや、違うんです…」

慌てたはずみで自転車のフレームに取り付けられていた水筒が道路に転がった。

「うわぁぁあー!」
『ドサッ』

スクランブル交差点の方向からやってきた、電動キックボードに乗った男性が水筒を踏んで投げ飛ばされてしまった。男性はアスファルトに胸を強く打ちつけて、ピクリとも動かない。その隙にハッタリくんが空気入れを持って逃げだした。「まてっ」いや、人命救助が先だ。

「誰か!救急車を呼んでください!誰か!医者はいませんか!」
「あの。俺、この前、救命救急講習を受けました」

白いズボンと靴を履いた20代と思われる男性が一歩足を踏み出した。

「そいつは助かる。息をしていない。胸を強打して心臓が止まっているようだ」
「俺がやります」

彼は救急救命講習で教わった通りにきちんと実行しているようだった。後輩の洋太が駆けつけてきた。

「弘樹先輩、何があったんです?」
「この男性が電動キックボードで水筒を踏んで投げ飛ばされたんだ」

「大丈夫、じゃ、なさそうですね…」
「ああ、息をしていない、心臓が止まってる」

救命救急を行っている男性がAEDを持ってくるように指示を出している。

「AEDなら、交番にあります」
「よし、一緒に行って取ってきてくれ」

洋太はAEDを持ってくるように指示された男性と一緒に交番に向かった。救命救急を行っている男性を見ると、心臓マッサージのテンポが遅くなってきていたので弘樹が代わった。

「AED、持ってきましたっ」

救命救急を行っている男性はAEDを受け取ると、素早くセットして、スイッチを押した。

『ドンッ』
「ゴホッ、ゴホッ」

AEDのおかげで息を吹き返したようだ。とりあえずは一安心だ。この場は彼に任せておけば大丈夫だろう。もうすぐ救急車が到着すれば対処してくれるはずだ。

「洋太、彼をサポートしてやってくれ」
「弘樹先輩は?」

「俺はハッタリくんを追う」
「はったり?」

「マル対だっ!」

ハチ公前広場に駆け戻った。どこだ!奴はどこに行きやがった!

「どうしよう、どうしよう…」

足元でピザ屋の配達員がしゃがみ込んで泣きながらつぶやいていた。

いったい今日はなんて日だっ!

(つづく)



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